スーパードライ帝国が再度原点を見つめ直した 過信を捨てたアサヒビール クリアアサヒ好調の舞台裏

スーパードライ帝国が再度原点を見つめ直した 過信を捨てたアサヒビール クリアアサヒ好調の舞台裏

新製品受難の時代といわれる。2007年度のビール業界では二十数種類もの新製品が出たが、ヒットの目安である1000万箱に到達した新製品は一つもなかった。

しかし、08年度は発売6カ月で累計課税出荷数量800万箱を超える新製品が登場した。アサヒビールが今年3月25日に発売した第3のビール「クリアアサヒ」である。過去3年間のビール類新製品の中では最速スピード。7月に上方修正した初年度販売目標1300万箱を超える勢いだ。イトーヨーカ堂の加工食品担当バイヤー、渡辺岳夫氏は「クリアアサヒは指名買いが多い。消費者の嗜好の変化に合った味で、第3のビール市場の伸びを牽引している」と話す。

そこに至るまでの過程には、スーパードライ依存に硬直化していた、アサヒ自身の自己改革があった。

マーケティングの鬼 基本のキから鍛え直す!

06年6月。その年就任した荻田伍社長が新設したマーケティング本部の副本部長に、一人の男が任命された。食に関する消費者行動やトレンドを調査分析するお客様生活文化研究所、通称“客研”で、6年間所長を務めた池田史郎氏だ。

アサヒビールの稼ぎ頭は言わずもがなの「スーパードライ」。そのほかは小粒ばかりという現状だった。ビールでは圧倒的シェアを誇るが、発泡酒と第3のビールでは、ライバル・キリンに大差をつけられている。スーパードライの地位を死守しようとするあまり、共食いを恐れ思い切った商品開発ができなくなっていた。だが、いま市場が伸びているのは第3のビール。その成長市場で、息の長いホームラン級の製品を持つことが今後の命運を決する。マーケティング本部の使命は、ドライに次ぐ大ヒット商品を作ることだ。

新設部署の顔ぶれは、前身の商品開発部と宣伝部からスライドしてきた部員が大半を占め、新顔は池田氏ただ一人。そして、すぐさま厳しい現実に直面する。新製品を出しても出してもヒットが出ない状況に戸惑うばかりの部員たち。池田氏から見れば、そこにはまともなマーケティングをした痕跡すらなかった。

 そもそも出発点となる「調査」が質量共に不十分。「データは上を説得するための調査結果でしかなく、納得感の得られるものではなかった」(池田氏)。しかも調査業務自体、外注が多く評価基準はバラバラ。クリアアサヒのマーケティングを担当することになる梶浦瑞穂副課長自身、「もともと調査が大嫌い。商品開発のことは自分たちがいちばんわかっていると思っていた」と言う。

池田氏の持論は「仮説・調査・検証を繰り返すことで、売れる商品がわかる。たくさん考え、たくさん調べれば、いいものが作れる」。調査チームを新設するや、統計解析に長けた人間を加えた。週一の部会ではマーケティング本や記事のコピーを配布。「自分が勉強しているところを見せれば、メンバーも勉強してくれるようになるだろう」との思いがあった。最初は抵抗感もあらわだった部員たちだが、日を追うごとに部会への出席率は高まり、自発的に本や記事のコピーを配る人間も出てきた。「初めは反感があった。でも(池田氏は)勉強しているから、口ゲンカしてもこっちは勝てないんですよ」(梶浦氏)。

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