川重が新幹線「N700S」開発から外された事情 JR東海との縁が切れた「あの一件」が尾を引く

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「あのとき川重との縁が切れた」――。鉄道業界人の多くがそう指摘する出来事が2004年に起きた。川重が中国に新幹線タイプの列車9編成を供給し、さらにその製造技術を提供すると発表したのだ。中国に供給するのは東北新幹線に使われるE2系をベースとした車両。E2系は当時のJR東日本(東日本旅客鉄道)における主力車両だった。

東北新幹線E2系。この技術が中国に供与された(撮影:尾形文繁)

1990年代後半、中国は自主開発による鉄道高速化に着手していたが成果は芳しくなかった。一方で日本は1993年に民間主体による韓国への新幹線売り込みに失敗し、次の売り込み先を探していた。そこで日本は中国に狙いを定めた。1998年には竹下登・元首相を筆頭にJR各社、三菱商事、川重らのトップをメンバーとした大使節団が中国に乗り込み、官民一体で新幹線の大々的なアピールを行った。

“同床異夢”の中国に川重が技術移転

もっとも、中国の思惑は日本とは少し違っていた。欲しいのは新幹線の車両そのものではなく、車両の製造技術だった。まず新幹線車両を輸入して走らせる。運行ノウハウを吸収した後で国内生産、さらにその先には海外輸出を見据えていた。

東北新幹線E2系をベースに開発されたCRH2。E2系にそっくりだ(記者撮影)

当時から中国への技術移転に対する懸念は日本の関係者の間で広がっていた。「輸出だけなら問題ないが、造り方は教えないほうがいい」。JR東海のある幹部は当時、川重にこう忠告したという。同時期に工事が進んでいた台湾の高速鉄道はすべての車両を日本から輸入すると決めている。一方で、中国が日本の技術を使って国内生産を始めると、中国への輸出機会が失われる。また、中国が海外展開を始めると、新幹線のライバルになりかねない。

だが、川重は忠告に耳を貸さなかった。技術供与自体が収益を得られるビジネスであり、契約総額1400億円、川重分だけでも800億円という大型案件は魅力的だった。あるいは、中国がフランスやドイツからも高速鉄道の技術を取り入れる中で、川重は官民一体プロジェクトの中核メンバーとして遅れを取るわけにはいかなかったのかもしれない。

2010年、上海と杭州を結ぶ中国の国産高速列車「CRH380A」の運行が始まった(写真:共同通信)

関係者の悪い予感は契約締結から7年後の2011年に的中した。中国は川重から技術供与を受けて開発したCRH2をベースに、より高速化したCRH380Aという車両を開発。そこに使われている技術を「独自技術」として、米国など複数の国で特許出願したのだ。また、2015年には中国は日本を退け、インドネシアの高速鉄道受注に成功した。

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