(第5回)再生医療への取り組み(その3)

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渡辺すみ子

 その1その2に続き、今回も再生医療とその周辺の状況についていくつかのトピックスを提供します。また知財の立場で再生医療にかかわる、東京大学TLOの本田圭子さんが再生医療の現状について編集者によるインタビューを快くお引き受けくださいましたので、そのお話もご覧ください。

●標準化、情報の集中と共有化の重要性

 再生医療がここまで一般的に議論される課題になったとはいえ、まだまだ基礎研究についても臨床応用研究も個々の課題についてみてみると基盤の層は厚くない。このような状況で、より研究成果を共有し、基盤を底上げするためには様々な観点からの標準化が重要であると考えている。たとえば、次回述べる間葉系幹細胞は、定義があいまいで研究者によって同じ名称で異なる細胞を扱っている可能性がある。
間葉系幹細胞:間葉細胞というのは骨、軟骨、脂肪組織の細胞などの総称であるが、これらの細胞に分化することができる幹細胞を間葉系細胞という。様々な組織からとられ、その分化能、増殖能も報告によって異っている。成体から簡単に採取可能である場合が多く、再生医療の細胞ソースとして注目を集めている。
 標準となる定義があり、各々の研究成果を評価できる共通のプラットフォームはぜひとも必要である。またこのことはそれぞれの基礎・臨床成果を客観的に判断する材料となり、ビジネス化を急ぐあまりの過大評価にもとづく再生医療の防止策にもつながるであろう。

 私は、基礎研究のモデル動物のひとつとしてゼブラフィッシュという小さな淡水性の熱帯魚を使っている。
ゼブラフィッシュ:コイ科の小型の熱帯魚。「ゼブラ」は、体にある横しまのイメージから。
 この魚は基礎研究に用いられてから25年ほどの歴史しかないが、現在では世界中の研究者が用いている実験動物である。このシステムを導入した1999年頃はまだ日本でゼブラフィッシュを扱っているラボは数が少なく、米国NIH(National Institute of Health)の友人の研究室に2週間技術指導を受けに行き、その後自力でシステムをたちあげた。この過程を容易にしたのは、ゼブラフィッシュのコミュニティーが発祥の地である米国を中心に極めて協調性に富み、さらにはあらゆる情報を共有すべく情報の集中管理がおこなわれ公開されていることが重要な要因である。ZFIN(http://zfin.org)のサイトでは、ゼブラフィッシュに関する知識、教科書、解剖学、遺伝子についての情報などが誰にでもすぐ入手でき、実験材料のリクエスト(他の研究者がもっている実験材料を自分でも使うためにゆずってもらうこと)も容易にできるようになっている。急速に増えてきた日本のゼブラフィッシュの研究者も国内で先駆的に立ち上げた研究者達を中心に同様の雰囲気が保たれている。
図5-1:ゼブラフィッシュ
 ゼブラフィッシュは体長3-4cmの淡水の熱帯魚であり横縞模様が特徴的な飼育が容易な魚である。初期発生が非常に早いこと、卵の中の小魚が透明で観察しやすいこと、遺伝子操作がやりやすいことなど様々な実験動物としての利点を持っている。子どもの頃、メダカの卵の発生を観察されたことのある方がおられたら、大きさや形などかなり似ている印象をもたれるだろう。
 私達がゼブラフィッシュを使いはじめた頃は国内ではまだ実験動物としての知名度が低く、特に医学研究でゼブラフィッシュを使うことに疑問を呈する方もいた。つまり魚の研究で人の何がわかる、ということである。私自身もその答えを明確にはもっていなかったが、実際に実験を開始してみると少なくとも私の専門とする血液、網膜に関しては発生過程、遺伝子など驚くくらい哺乳類と類似した点が多い。

 胎児期のマウスはとりださない限り観察ができないが、ゼブラフィッシュは顕微鏡の下ですくすく育つ様子が観察でき、しかも非常に早く発生する。例えば、心臓は受精後1-2日で拍動をはじめ、網膜は4日もすると完全な形態形成を終える。実験結果をすばやく出せ、かつコストが安いので薬剤や遺伝子の影響を迅速に検討することが可能で、その結果をすぐに哺乳動物を用いた実験に応用できる。

 最近では臨床研究を行っているグループも大きな関心をよせており共同研究が持ち込まれる。また2006年の国内の小型魚類の研究会で医学部の循環器内科学、解剖学教室から立派な演題が報告されたのが印象的だった。写真は私達の教室のゼブラフィッシュの飼育タンク。個々のタンクに数匹の魚が泳いでいる。(人間のモデルは次の写真も私の教室の研究員の田畑さんです。魚であれ、マウスであれどんな細かな操作も瞬く間に熟練し、しかも極めて仕上がりよくやってのける才能と集中力に恵まれています。)
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