高品質・低価格という「犯罪」が日本を滅ぼす アトキンソン氏「労働者の地獄を放置するな」

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さらに「国の借金」の問題もあります。

皆さんもご存じの通り、日本は1200兆円という膨大な借金を抱えています。国の借金の規模を見るときに重要なのは、借金の金額そのものではなく、GDPに対する比率です。日本の場合、GDPに対する借金の比率は2倍以上で、世界的に見てもっとも高い水準です。

政府の抱えている借金に関しては、過度に悲観視して、明日にも日本が経済破綻するような論調が見受けられる一方で、逆に心配いらないと主張する方もいます。「日本は貯金が多いから借金は問題ではない」「日本は債権国だから大丈夫」という主張なのですが、これは借金問題を勘違いしているとしか言いようがありません。

借金のGDP比率が高いのは、分子が大きいか、分母が小さいかのいずれかです。日本の場合、高品質・低価格という異常事態を長く放置した結果、生産性が低くなり、分母のGDPが異常に小さくなったために、借金のGDP比率が世界一高くなってしまったのです。

高品質・低価格から「高品質・相応価格」に転換できれば、事態は大きく変わります。人々の所得が増え、所得税が増えます。物価が上がれば、消費税収も増えます。株価が上がり、年金資産の含み益も増えます。さまざまな問題が、一気に解決するのです。

最低賃金は2060年に最低でも1752円

社会保障制度を維持するためには、最低でも今のGDPを維持する必要があります。では、GDPを維持するとして、最低賃金はいくらに設定すべきでしょうか。

前回ご説明したように、「1人・1時間あたりGDP」の50%を最低賃金のあるべき水準とすると、人口減少はかなり正確に予想できますので、あるべき最低賃金も計算することができます。前回の1313円は最終目標ではありません。最低賃金は、ずっと上げ続けなければなりません

人口の動きが変わらない限り、GDPが横ばいだとしても、2060年には1752円が適正な水準となります。いまの「高品質・低価格」を維持しながら、この水準の給与を払うことは不可能でしょう。

だからこそ、今後は「高品質・相応価格」の戦略への転換が求められているのです。端的に言うと、52円の味噌汁や500円以下のランチを提供するのは、自殺行為なのです。

デービッド・アトキンソン 小西美術工藝社社長

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David Atkinson

元ゴールドマン・サックスアナリスト。裏千家茶名「宗真」拝受。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学「日本学」専攻。1992年にゴールドマン・サックス入社。日本の不良債権の実態を暴くリポートを発表し注目を浴びる。1998年に同社managing director(取締役)、2006年にpartner(共同出資者)となるが、マネーゲームを達観するに至り、2007年に退社。1999年に裏千家入門、2006年茶名「宗真」を拝受。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

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