(第16回)山口百恵をめぐる阿久悠の「対決」
高澤秀次
●真剣勝負の場『月刊 You』
『月刊 You』という阿久悠の「個人新聞」は、戦後の「希望」が遠くに霞みかけ、高度成長後のたるみとともに膨らんできた「虚妄」が、漠然と時代を被いはじめた70年代半ばに、その空気を読み切った上り調子の作詞家が、自前で作り上げたメディアだった。彼はここで、気心の知れた仲間たちを集めて、芸能サロン的な内輪話にうつつを抜かしていたわけではなかった。たとえば第20号の「41歳男のサロン悠々亭」では、ゲストに脚本家の倉本聡を迎え、当時のスーパースター山口百恵をめぐって、じつにスリリングな「対決」を試みてもいる。
「百恵をドラマで使う予定はないんですか?」
そんな阿久悠の問いかけに、まず倉本聡がこう切り返す。
「さっきから気になっているんですが、百恵、百恵と呼び捨てにしないでください(笑)。そんなに親しくないんでしょう」
何やら大の男が二人して、百恵をどちらがゲットするか本気で競い合っているようなヤバい雰囲気である。しかもこのくだり、いったん終了した対談後の雑談で、たまたま百恵のことが話題になり、再びテープを回した「番外編」であるという(阿久悠『夢を食った男たち』での証言)。
二人のやりとりは、だがこれだけでは終わらない。
ここから、山口百恵を「接写」した写真家・篠山紀信に矛先は向けられ、現場にいて直接シャッターを切られるのを、「あれは汚いですね(笑)」と倉本が突っ込み、その「汚い」に阿久悠が思わず同調すると、今度は不安げに倉本が、「でも、それだけのことで、百恵さんは相手にしてないんじゃないですか」とムキになって篠山=百恵ラインの寸断にかかる。作詞家と脚本家は、本職である言葉で山口百恵を動かそうと必死なのだ。
そこにカメラという飛び道具をもった篠山紀信が割り込んできて、漁夫の利を得るといった構図がここから浮かび上がる。「山口百恵のデビューから五年が過ぎ、いわば最盛期、その頃、大人の男たちがどのように思っていたかがよくわかる」(前掲書)、ガチンコ対談というにふさわしい内容であった。
現在、浜崎あゆみや倖田來未をめぐって、大の大人同士のそんな真剣そのものの引き合いが、果たして可能だろうか。
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