(第15回)阿久悠の日記活用術

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●「今日」を生きない人間の「希望」は逃避だ

 阿久悠と同世代のかつての"小国民"、ミスター・ジャイアンツ長嶋茂雄は、かつてこう語った。「今日がなければ明日はないのだ」と。野球選手にとって、一寸先は闇という危機感の表明である。また、阿久悠と同年生まれの昭和の歌姫・美空ひばりは、「昨日の我に今日は勝つ」を座右銘に自らを励まし続けた。
 いずれも、「今日」に賭けるこの世代の妥協を許さない自戒の言葉である。

 阿久悠にとっての「明日」も、そのような「今日」の戦いの結果として切り開かれる「明日」に違いなかった。

 近代中国を代表する作家・魯迅(1881~1936)に、「絶望は虚妄である、希望がそうであるように」(「希望」、竹内好訳)という警句がある。「今日」を生きない人間の「希望」は逃避だという阿久悠の言葉は、まさにその希望が「虚妄」に過ぎないことを突いていたのだ。

 阿久悠はこの「個人新聞」で、敗戦の年、国民学校の3年生だった少年たちの、「絶望」を許されない緊迫した「今日」を描いた。『瀬戸内少年野球団』の主人公・足柄竜太とその仲間たち、正木三郎(バラケツ)、波多野武女(ムメ)ら少年野球チーム「江坂タイガース」の面々の溌剌さ、焼け跡から立ち上がった逞(たくま)しいエネルギーには、「今日」の完全燃焼によって見えてくる、虚妄ではない確かな「明日」があった。

高澤秀次(たかざわ・しゅうじ)
1952年生まれ。早稲田大学第一文学部卒。文芸評論家
著書に『吉本隆明1945-2007』(インスクリプト)、『評伝中上健次』 (集英社)、『江藤淳-神話からの覚醒』(筑摩書房)、『戦後日本の 論点-山本七平の見た日本』(ちくま新書)など。『現代小説の方法』 (作品社)ほか中上健次に関する編著多数。 幻の処女作は『ビートたけしの過激発想の構造』(絶版)。
門弟3人、カラオケ持ち歌300曲が自慢のアンチ・ヒップホップ派の歌謡曲ファン。
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