ラグビーの伝道師と呼ばれる男たち--神鋼ラグビー部の挑戦

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 そこに手を挙げたのが神戸製鋼だった。同社は05年に創業100周年を迎えるに当たって、自社にふさわしい記念事業を探していた。すでにその年の花園大会ではテレビ放送のスポンサーとして特別協賛も始めていた。前田は、旧知の仲である神戸製鋼ラグビー部OBの藪木宏之(広報グループ課長)に掛け合った。そして「いろんなものがうまくマッチングした」(前田)結果、前田の描いた夢は同年、現実のものとなる。 

神戸製鋼が自社のラグビー部運営のほか、ラグビーの強化・普及に投じる費用は、年間数億円と推定される。「企業全体で、ユース段階からラグビー界全体の底上げに協力してくれている点で、日本ラグビーになくてはならない存在」と、ラグビー協会の真下は評価する。サントリーをはじめとしてトップリーグの強豪チームにはラグビーの普及を支援する企業は少なくない。ただ、神戸製鋼はその中でも、過去の実績やラグビーに懸ける情熱において、際立っているという。

神戸製鋼とラグビーとの最初の出合いは、今からちょうど80年前にさかのぼる。神戸製鋼の前に一時代を築いた新日本製鉄釜石が59年の創部だから、それよりも長い歴史を持っていることになる。ただ、名門でありながら、関西の中堅チームという立場に甘んじる時代が長く続いた。

神戸製鋼が全国の注目を集めるようになるのは、80年代に入ってからのことだ。同志社大学の平尾、林敏之、そして明治大学の藪木ら、大学ラグビーのスター選手を相次いで獲得。ついに、創部60年目に当たる88年シーズンに悲願の全国制覇を成し遂げた。

その後も、神戸製鋼の快進撃は止まらない。傑出した個人の力を背景に、選手全員が絶え間ない連動を繰り出す「15人ラグビー」は、ライバルたちを圧倒した。94年シーズンまでに、新日鉄釜石と並ぶ、全国社会人大会7連覇を果たす。

神戸製鋼ラグビー部の黄金時代は、日本の社会人ラグビーの黄金時代とも重なる。当時、スタンドは観客でごった返し、試合翌日のスポーツ紙の一面には必ずといっていいほど「神戸製鋼」の4文字が躍った。

何が人々の心を魅了したのか。圧倒的な強さは必要条件でしかない。「当時のチームスポーツは、団結・根性・自己犠牲が美化された時代。でも、われわれは会社員として仕事をこなしたうえでラグビーをやっているのだから、せめて自分たちが楽しいラグビーをやろうと考えていた。それがチームとしての強さを支え、個を尊重し始めた時代の流れにマッチした」。平尾は、当時の状況をそう振り返る。

複合企業の統合の象徴 大震災で栄光は一転

ラグビー部がとりこにしたのは社外の人間だけではない。V1当時は、85年のプラザ合意を受け、円高不況が吹き荒れていた時代。神戸製鋼も例外ではなく、86年から3カ年の緊急対策下でコストカットに追われていた。ただ、その対策も89年の年明け頃に一つのメドがつく。雲間に薄日が差し込み始めた本業の状況と、ラグビー部の初優勝は重なり、社員の心に明るい光をもたらした。

初優勝時のラグビー部長だった平田泰章(元・神戸製鋼副社長)は、その頃からラグビー部が神戸製鋼の「共通文化」になったと感じている。神戸製鋼といえば、国内4位の鉄鋼メーカーだが、非鉄や機械も傘下に持つ複合企業体でもある。そんな社内において、ラグビー部は「業種・職種などの違いを通り越した存在」(平田)になっていったという。

だが、ラグビー部にも試練のときが訪れる。7連覇達成直後の95年1月、神戸を大震災が襲う。練習グラウンドは液状化によって壊滅状態。本格的な練習再開までに9カ月もの時間を要した。十分な練習ができなかったことも影響したのか、翌年、8連覇の夢はついえた。その後は、ライバルチームの台頭もあり、03年のトップリーグ初年度の優勝を除くと、神戸製鋼は満足な成績を残せていない。それでも7連覇の偉業は今も大きな影響力を持っている。

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