ヨーロッパ人とインド人は、同じ民族なのか 意外と知らない「民族のルーツ」

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・白人の解釈

このノアの方舟伝説からコーカソイドの名を生み出した人物がドイツのヨハン・フリードリヒ・ブルーメンバッハ(1752~1840年)です。彼は「人類学の父」と呼ばれます。ブルーメンバッハをはじめとするヨーロッパの人類学者たちは19世紀まで、コーカサス地方出身の白人こそが人類の原形であり、その他の人種は退化した劣等種であると考えていました。「白人は神に選ばれた人種であり、その証拠として、他のどの人種よりも美しく、知性的である」という類いの論評が頻繁に書かれていました。

最近では、コーカソイドという呼称が歴史的に多くの偏見を含んでいるとして、これを忌避するため、「西ユーラシア人」と呼ぶこともあります。

・疑わしい学説

コーカサス地方は南ロシアに位置し、ヨーロッパへのルートとインドへのルートのまん中にあります。コーカサス地方にいた人々がこの2つの方面へ移動して分かれたという、上記のジョーンズの説が地理的にも聖書の記述と合致します。

そのため、「インド・ヨーロッパ語族」というジョーンズが提起した分類が当時のヨーロッパ人の間で、何の抵抗もなく、受け入れられました。

そして、今日のわれわれはこうした経緯をもとに、「インド・ヨーロッパ語族は南ロシアを原住地として、そこからイランやヨーロッパ、インドへ拡散した」と学校で教わります。教科書にも、そのように書いてあります。

こうした説明は当時の18~19世紀の学術上の受容経緯からして、疑わしいと言わざるをえません。決定的な証拠はどこにもなく、すべて、仮説の領域の話です。

ただ、一方で、インド人とヨーロッパ人が同源という学説を否定する根拠もありません。否定することはできないとしても、疑うことはできます。

常識的な感覚によって、非常識である学説を疑う

・われわれのルーツを問うために

DNA解析の結果、西北インドの人々やアフガニスタン人の一部がヨーロッパ白人に近いとするデータもあります。その後の有史2000年の間に、ヨーロッパ人の一団が移住してきたということもあるでしょうから(イギリス植民地時代など)、今日のDNA解析によって、紀元前の太古の民族分布を掴むことなど到底できません。

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インド人とヨーロッパ人が同系の民族だったという説明に対し、「そんなバカな」と思うのが、われわれの常識的な感覚でしょう。その常識的感覚が歴史を見ていくうえで、欠かせないように思います。

「日本人はどこからやってきたのか?」というわれわれのルーツを問うような問題に対しても、同じです。さまざまな学説がありますが、すべての学説に明確な根拠・証拠があるのかと言えば、そうではありません。証拠がないかぎり、その空白を補うため、推論や仮説が展開されます。そして、そのときに問われるのが、われわれの常識的な感覚によって、しばしば非常識である学説を疑うことではないでしょうか。

宇山 卓栄 著作家

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うやま・たくえい / Takuei Uyama

1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。代々木ゼミナール世界史科講師を務め、著作家に。各メディアで、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説。著書に『朝鮮属国史 中国が支配した2000年』、『韓国暴政史 「文在寅」現象を生む民族と社会』、『経済で読み解く世界史』(以上、扶桑社)、『民族で読み解く世界史』、『王室で読み解く世界史』(以上、日本実業出版社)、『世界史で読み解く天皇ブランド』(悟空出版)、『民族と文明で読み解く大アジア史』(講談社)など、その他著書多数。

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