北朝鮮の「ほほ笑み」外交で揺らぐ日米韓連携 平昌五輪、主役の座を奪われた安倍首相

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一方、安倍首相は9日の開会式前に文大統領との日韓首脳会談に臨んだ。首相訪韓は約2年3カ月ぶりで、文政権発足後では初めてだ。

五輪会場近くのホテルで行われた会談で、首相は慰安婦問題での日韓合意の履行を強く迫ったが文大統領は「政府間交渉では解決できない」などと主張し、平行線に終わった。両首脳は対北朝鮮では日米韓による「圧力強化」の方針を文大統領も確認したとされるが、10日の北との会談で文大統領が日米が大前提とする「北朝鮮の非核化」への言及を避けたことも考え合わせると、「日米韓連携は後退した」(外務省)との印象は拭えない。

このため、あえて国内の反対論を押し切って「言うべきことは言う」と訪韓を決断した首相にとって、日韓首脳会談は「物足りない結果」(自民幹部)に終わった。

ペンス副大統領との事前会談で「北への圧力強化」を確認し、開会式前後の一連の日米韓外交で日米が歩調を合わせたことで、「韓国取り込みを狙う北朝鮮のほほ笑み外交に日米で対抗した」(同)ことは成果といえる。しかしその一方で、首相が文大統領に「(平昌五輪後の)米韓合同軍事演習を延期すべきではない」と要請したのに対し、文大統領が「我が国の内政問題で、直接取り上げて論じては困る」と反発したことは、日韓の溝を浮き彫りにした。

しかし、こうした首相訪韓について、国内では目立った批判は出ていない。国会では週明けにも「外交集中審議」が実施される見通しだが、首相訪韓に反対したのは自民党内保守派で、むしろ首相訪韓を後押ししてきた野党側は、「訪韓は安倍外交の失敗」と追及しにくいのが実情だ。

開会式直前の与正氏も含めた各国首脳の顔合わせの会合では、ペンス副大統領が米朝接触を拒否して着席せずに退出したが、首相はあえて金永南氏と言葉をかわした。日米の事前打ち合わせを踏まえたものとされるが、北側に拉致問題解決を直接働きかけたことで、「安倍外交」の独自性もアピールした格好だ。

首相訪韓は「何とか帳尻が合った」

10、11両日に産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が合同で実施した世論調査では、平昌五輪開会式に合わせた首相訪韓について「良かった」が76.9%に上った。さらに、首相が文大統領に慰安婦問題の日韓合意の着実な履行を迫ったことを「支持する」は83.8%と圧倒的多数だった。

同時期に実施された他の大手紙の世論調査でも内閣支持率は現状維持か微増となっており、党内保守派の「国民の批判で政権が失速しかねない」(参院若手)との懸念は払しょくされつつある。

10日夜帰国した首相が、11、12日両日を完全休養に充て、政府要人とも会わずに自宅で静養したのも「訪韓批判がなく、ほっと一安心の心境」(側近)からだという。首相は12日に珍しく東京・富ケ谷の私邸周辺を散歩したが、ジョギング中の小野寺五典防衛相と出会い、短時間だが会話するというハプニングもあった。

小野寺氏は今回の南北接近について10日に「対話のための対話ではあまり意味がない」とけん制しており、このタイミングで自衛隊の最高指揮官の首相と防衛省トップが顔を合わせるというのは「まったくの偶然とは思えない」(自民幹部)と勘繰る向きもある。首相にとってハプニング続きの訪韓だったが「何とか帳尻が合った」(側近)ことは間違いなさそうだ。

泉 宏 政治ジャーナリスト

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いずみ ひろし / Hiroshi Izumi

1947年生まれ。時事通信社政治部記者として田中角栄首相の総理番で取材活動を始めて以来40年以上、永田町・霞が関で政治を見続けている。時事通信社政治部長、同社取締役編集担当を経て2009年から現職。幼少時から都心部に住み、半世紀以上も国会周辺を徘徊してきた。「生涯一記者」がモットー。

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