川崎-熊谷を縦断!JR唯一「石炭列車」の全貌

石炭を鉄道でセメント工場に運ぶ深いワケ

その後エネルギー革命が急速に進展し、1971年に国鉄の貨物輸送量で石油(同年約1500万トン)が石炭を上回る。今では、国内における列車での石炭輸送は、JRでは上記列車1本だけ、そのほかは北海道釧路市の貨物専用私鉄(太平洋石炭販売輸送株式会社)の石炭輸送(春採―知人間4kmほど)のみとなった。

SL晩年の1973年12月、夕張駅で入れ換え作業中の石炭列車(筆者撮影)

前回の東京オリンピックが開催された1964年やその数年後まで、筆者が通った東京都品川区の区立小学校でも教室では冬になると石炭(コークス)のダルマストーブを使っていた。教室内の入り口近くにひとつ置かれ、寒い日などカンカンに勢いよく燃えるまで石炭をたくさんくべていた。先生が授業の合間にシャベルで石炭をダルマストーブに放り込む。ストーブ近くの席の子は暑くて顔を赤くしてのぼせたようになりながら授業を受けていたことを思い出す。都心近くでもこの頃までは石炭が、列車、トラックなどで日常生活の場へと運ばれていたのである。

この石炭列車の運行ルートを簡単にたどっておこう。鶴見線扇町駅近くの三井埠頭に荷揚げされた石炭が35トン積みの石炭専用貨車20両に積み込まれ、昼過ぎに列車は発車する。

熊谷で2列車に分割

どこからの石炭かといえば、この石炭が運び込まれる太平洋セメントによれば、「オーストラリア炭を主に使っています。当工場でセメント製造に使う石炭は、価格動向などにあわせて世界各地から調達していますが、今はそうした状況です」(太平洋セメント業務部総務課担当課長・小谷田勝さん)。現在国内に本格的な炭鉱はないので、いずれにせよ運ぶ石炭は輸入炭である。

扇町駅付近の石炭貨車(筆者撮影)

扇町駅を発車した列車は、鶴見線浜川崎駅―南武支線―尻手駅―武蔵野貨物線―梶ヶ谷貨物ターミナル―武蔵野線府中本町駅―西国分寺駅―新座貨物ターミナル―大宮操車場―高崎線―熊谷貨物ターミナル(熊谷駅北方)へと進む(時刻は後述)。浜川崎駅での停車時間が長く、南武支線から先は夕方遅くから夜の走行となる。熊谷貨物ターミナルで10両編成の2列車に分割。そこから先は翌日秩父鉄道の貨物専用線へ乗り入れ三ヶ尻の太平洋セメント熊谷工場へと進む。列車を2分割するのは、同工場で石炭を下ろす施設が20両分の長さがないためである。

同工場は生産能力年間約213万5000トン、敷地面積41万平米、関東地方最大級のセメント工場である。そこへなぜ石炭を鉄道で運ぶのか。これは逆にいえば石炭を使用するほかのさまざまな工場ではなぜ石炭を鉄道で運ばないのか、ということと同じ疑問となる。

次ページなぜほかの工場では石炭を鉄道で運ばないのか
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