嫌われ者「徳川家康」を大河はいかに描いたか 「太平生来、天下安穏」に隠された真意

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その決定に従って「徳川家康」の翌1984年には、二・二六事件から東京裁判までを描いた「山河燃ゆ」、翌々1985年には日本の女優第一号といわれる川上貞奴の生涯を描いた「春の波涛」、その翌年1986年にはひとりの女医の40年を描いた「いのち」が作られた(1987年の『独眼竜政宗』で再び時代劇路線に回帰)。

そんな背景から生まれた「徳川家康」では「厭離穢土 欣求浄土」(おんりえど ごんぐじょうど)を掲げる徳川家の旗印のカットが多く挿入され、「太平生来、天下安穏」という家康のセリフが頻繁に使われている。つまり、「世の安寧」のみを願った家康の生涯が描かれたのだ。

家康役には当初は小柄で丸顔、やや小太りという従来のイメージのもとキャスティング選考が行われたが、「家康のそっくりショーをやるわけではなく、新しい家康像を作る」という意図で、長身(185センチメートル)で面長の「最も家康に似ていない俳優滝田栄」が家康役に決定した。

滝田栄という俳優の人生を大きく変えた大河ドラマ

その滝田栄さんが当時の模様を次のように回想する。

滝田栄 (c)朝日新聞社

「大河の主役など夢にも思っていませんでしたから、お話があったときはもうビックリ仰天でした。ましてや家康についての知識はまるでなかったですから。撮影が近づいているのにいくら考えても家康のイメージがつかめずに悩んでいたとき、家康が幼少時代に教えを受けた雪斎禅師の臨済寺というお寺の存在を知って、そのお寺に寝泊まりさせていただいて役作りの勉強をさせてもらいました」

滝田さんはそこで、5歳から19歳まで人質生活をおくり長じて信長の命で妻と子を殺さなければならなかった、「常人にはとても耐えられない過酷な人生を生きた家康」の人間性の片鱗を知る。

「松堂老師から、家康は御仏の教えを雪斎禅師から学んだというお話を聞いたとき、目から鱗が落ちたよう気持ちになりました。その教えが家康の魂の中心になって辛酸に耐え、戦国を終わらせた。他の武将にはない、崇高な家康の本性が見えたのです」

『滝田栄仏像を彫る』という著書を持つ滝田さんはいま、俳優の仕事以外に仏像作家としても活躍。2013年には東日本大震災の被災者の供養のために地蔵菩薩を彫り、宮城県気仙沼市に[気仙沼みちびき地蔵堂]を建立したことでも知られている。

「仏教を研究し仏像を作るようになったのは、家康を演じ、演じ終わってからも彼の精神の在りようを模索し続けて仏教の奥深さを知ったからです。不幸のるつぼに育ち不幸な時代を終わらせるために戦った家康の生涯を、今の日本人もっとも知る必要があるのではないでしょうか」

「徳川家康」は滝田栄という俳優の人生を大きく変えた大河ドラマだった。

(文:植草信和)

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