寓話・北風と太陽には「北風勝利」編もある スピーチのネタに使える、古今東西の教訓

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解説:「止まる」ことは「正しい」こと

コップの中の泥水をしばらく放置しておくと、やがては泥が沈み、水と泥に分かれる。この現象はしばしば座禅にたとえられる。座禅の禅とは何か? もともとはインドの「ジャーナ」という古い言葉からきているという。「ジャーナ」とは心を静かに保つということだ。茶色の泥水の状態は忙しさの中でもがいている日常である。心を静かに保つことで、心の中の舞い上がった泥を沈めてみよう。

座禅を組むところまではいかなくても、私たちは毎日の生活の中に「心を静かに保つ時間」、つまり「ぼんやりする時間」をいくつも見つけることができる。朝の駅のホームで電車を待つ時間、食堂で定食が運ばれてくるのを待つ時間、交差点で赤信号が青信号に変わるのを待つ時間、エレベーターで目的の階に向かう時間――。つい先頃まではそういうひとときは「ぼんやりできる時間」だった。ところが、今や私たちはスマートフォンをいじって、そういう時間をつぶしている。

何も考えずにぼんやりしているときにこそ、ひらめきが降りてくるという話はよく聞く。机に座って髪の毛をかきむしっているとき、パソコンに向かって身もだえするとき、ひらめきは降りてきてくれない。ひらめきという訪問者は、忙しい人を嫌い、ぼんやりしている人を好む。

禅語の中に「七走一坐」と「一日一止」という言葉がある(『心配事の9割は起こらない』枡野俊明著/三笠書房)。「七走一坐」とは、七回走ったら一度は坐れという意味だ。ずっと走り続けていないと仲間から後れをとってしまう──ついつい私たちはそんなふうに考えてしまう。しかし、長い目で見れば、ずっと走り続けることは良いことではない。しばらく走ったら休息をとり、自分の走りを見直すのが賢明である。

「一日一止」とは、一日に一回は立ち止まりなさいという意味だ。ずっと歩き続けるのではなく、一日に一回くらいは自分の歩き方を見つめ直す。そうすることで、正しい歩みをつくっていくことができる。「一止」という字を見てみよう。「止」の上に「一」を乗っけてみると「正」という字になる。一日に一回、止まって自分を省みることは正しいのだ。

2人の商人

昔、江州の商人と他国の商人が、2人で一緒に碓氷の峠道を登っていた。焼けつくような暑さの中、重い商品を山ほど背負って険しい坂を登っていくのは、本当に苦しいことだった。途中、木陰に荷物を下ろして休んでいると、他国の商人が汗を拭きながら嘆いた。「本当にこの山がもう少し低いといいんですがね。世渡りの稼業に楽なことはございません。だけど、こうも険しい坂を登るんでは、いっそ行商をやめて、帰ってしまいたくなりますよ」

これを聞いた江州の商人はにっこりと笑って、こう言った。「同じ坂を、同じぐらいの荷物を背負って登るんです。あなたがつらいのも、私がつらいのも同じことです。このとおり、息もはずめば、汗も流れます。だけど、私はこの碓氷の山が、もっともっと、いや十倍も高くなってくれれば有難いと思います。そうすれば、たいていの商人はみな、中途で帰るでしょう。そのときこそ私は1人で山の彼方へ行って、思うさま商売をしてみたいと思います。碓氷の山がまだまだ高くないのが、私には残念ですよ」

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