50歳「遺体保全」に懸ける男が突き詰める本質 悲嘆に寄り添い、幾多の難関に正面から挑む

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帰国は2001年3月。このとき、7年間をともにした奥さんと離婚している。激烈な留学生活と新婚生活の両立は難しいところがあったのかもしれない。

エンバーミングの本質とは

日本に戻ってからの就職活動は、“持たざる者”だった留学以前とは明確に違った。2001年の夏には、神奈川県平塚市にできたばかりの日本ヒューマンライフセレモニー専門学校(現・日本ヒューマンセレモニー専門学校)の副校長となる。視察団にいた1人が葬祭業の専門学校設立を計画しており、手伝ってほしいと直接請われたうえでの就任だった。

副校長として始めにやったのは、カリキュラムの再編だ。

「元のカリキュラムは卒業後の展望が描けていなかったので全部直しました。葬儀やエンバーミングの現場で『あの学校を出た人、けっこう使えるよね』と言われるくらいにならないとダメでしょう、と。そこから逆算して、実地研修や一線で働いている人の講義を増やすなどして組み立てていきました」

講師や学生とのやりとりを経てどうにか形ができた2003年4月、今度は国内でのエンバーマー育成をスタートさせたIFSAからスーパーバイザーになってほしいとの要請に応じ、東京や大阪の研修施設で教壇に立つようになる。そして翌年の2004年には、有限会社ジーエスアイを設立(後に株式会社化)。以降は自らの会社を拠点にした活動にシフトしている。また、この時期に現在の奥さんと結婚している。

国内にあるエンバーミング処置室での橋爪謙一郎さん。『エンバーマー』(2009年1月発行)を出す直前に撮影した

ジーエスアイには橋爪さんを含め10人ほどのエンバーマーが所属しており、当初はプロのエンバーミング集団として活動していた。ほかに替えの利かない事業ということもあり2005年には黒字化し、経営を軌道に乗せる苦労はあまりなかったと振り返る。しかし、この事業形態では長続きしないこともわかっていた。

「IFSAによる育成が進んでいましたし、いずれはクライアントである葬儀社さんのほうでエンバーマーを雇用するようになるのは見えていましたからね。いま堅調でもどんどんニーズが減っていく。そうなる前にもっと本質的な事業を始めなければと思っていました」

エンバーミングの本質とは何か。

橋爪さんは「ご家族がご遺体と対面したときに『あ、帰ってきた』と思える感覚。それを一瞬で持ってもらうきっかけを作る技術だと思っています」という。変わり果てた遺体の異質感を取り除き、生前の雰囲気が感じられる状態にする。衛生的にも内面的にも健康な状態にする技術といえるかもしれない。つまるところ、悲嘆(グリーフ)にくれる遺族の心に作用するところにエンバーミングの本質があると考えている。おそらくは、1993年に橋爪さんの父が驚くほど感動したのもここの部分だろう。

興味が惹かれたらその本質を知りたくなる性分は、「法律を通して社会の仕組みを知りたかった」と法学部を目指した10代の頃から変わらない。留学中になかなか就職先が決まらずに苦しんでいた頃、ジョン・F・ケネディ大学大学院に入学して独自に勉強を進めてもいた。ピッツバーグ葬儀科学大学で受けたグリーフケアの授業が強く印象に残っており、その本質を知るために心理学を極めたかったのだという。

悲嘆に寄り添うというところに立ち返って事業展開を考えると、視界と市場はぐっと広くなる。

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