非哲学的な人が無視している「語義の個人差」 「明けましておめでとう」も万人共通ではない

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そして、「おめでとう」ないし「めでたい」は評価語なので、ここに私の個人的意味をそっと付与することが許される、よって、「明けましておめでとうございます」と挨拶しながら、「明けまして、ただそれだけです」とか「明けましたが、おめでたくありません」とか「明けましたが、おめでたいかどうか疑問です」という意味を込めることが許されるのです(といっても、この個人的意味をふたたび言語化して語ることは許されないのですが)。

とはいえ、哲学に無縁な人(ふたたび確認すると、99.9パーセントの人類)は、以上のことをぼんやり認めても、ある食べ物GをAが「うまい」と言い、Bも「うまい」と言うとき、AとBの味覚は似通っているのだと推測し、Aが「うまい」と言い、Cが「まずい」と言うとき、AとCの味覚は異なっている、と推測してしまう。

そして、こう推測するとき、A、B、Cがそれぞれ「うまい」や「まずい」という言葉に異なった意味を付与しているかもしれない、という観点が完全に抜け落ちてしまっているのです(まったく気づかずに)。ただし、ここに開かれるAとBとCのあいだの感受性の差異において、どこまで純粋の味覚の問題であり、どこまで言葉の意味付与の問題か、ということは最終的にはわからない。ただ、われわれは単純にすべて感受性の問題にしてしまっているだけなのです。

ですから、私が「エスカレータにお乗りのさいは……」とか「駆け込み乗車はおやめください」とか「現金をお取りください」というテープ音が「うるさくてたまらない!」と訴えるとき、これらの音が全然不快ではない自分の感受性を基準にして、「そんな些細なことに抗議する中島はけしからん」と批判するか、あるいは、まったく逆に、私がヘンな感受性をもっていると推測して「中島はアスペルガーだ」と結論づけるか(かつて2ちゃんねるで、こう診断されたときは笑ってしまった)どちらかだというわけです。

という私も、自分は他の人と「同じ」音世界に住んでいるのだろうかわからない。というのも、音や味や臭いは、どこまでが「私の外」であり、どこからが「私の内」か、原理的にわからないからです。

ウィーンのカウントダウンでの気づき

ちょっとここで脱線。どうしても「音」について語り出すと言いたくなるのですが、今回の「シルベスター(大晦日)」もウィーンで過ごし、カウントダウンの光景を見ようと市庁舎前広場に繰り出しました。リンク(環状道路)では市電も停めて、そこを人々が立錐の余地のないほど埋め尽くしている。

しかし、しかしですよ、日本では人が集まると必ず絶え間なく聞こえてくる「危ないですよ!押し合わないで!」と叫ぶ警官の注意放送がまるでないのです! 警官はいるのです。しかし、羽目を外した若者たちが酒を飲んで踊り出そうが、ガーガー喚めこうが、幾重もの群れがぶつかり合おうが、ただ「見ている」だけ。それで、何の問題もないのです。あらためて「なんでわが国はこうならないのか?」と不思議に思いました。

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