日本のサラリーマンが不幸だと感じる理由 純文学者・磯﨑憲一郎氏の好き嫌い(下)

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磯﨑:サラリーマンって、やっぱり好き嫌いを追求することの後ろめたさがどこかにある。楠木さんや私みたいな人間はちょっと特別だと思われているかもしれませんが、本当は、みんなが好き嫌いをもっと仕事の場面で出していかないと、日本の企業社会は次のフェーズには進んでいけない様な気がするんですけどね。

楠木:自分で好きなことをとにかく始めてみるということが大事なのでしょうね。

磯﨑:日本人は、もっと「職」に就職をすべきなのではないでしょうか。現状では、「組織=会社」に就職する人が圧倒的に多いわけですが、それでは、組織内での人間関係や、社内で自分のポジションを確保するのに莫大な労力を費やさなければなりません。もちろん、それもとても大事な仕事上の能力ではあるのですが、その能力はその組織の中でしか通用しない。

これからの時代は、究極の「手に職」をめざすべきだと思うのです。「好きこそ物の上手なれ」の言い換えにすぎないんでしょうけど、「この分野のこの仕事だったら、誰にも負けない自信がある」という人が増えれば、社会がどんなに変化しても生き抜いていける、上を目指す転職が増えて労働市場も活性化されるだろうし、「人生一発勝負、ここで勝ち組と負け組が決まる」的な、今の過熱化した大学生のシューカツも変わって行くと思います。

楠木:ただ、注意を払わなければならないのは、あまり「手に職」の部分を強調しすぎると、今度は、どんなスキルが社会あるいは会社に求められているのか、といった視点で考えてしまうことです。それでは、組織内の人間関係で擦り減ってしまうサラリーマンと同じ不幸に見舞われると思います。やはり、そこには「好きであること」の裏づけが必要でしょう。

磯﨑:作家でも、低い収入でも十分幸せそうな人はいます。それは、自分の好きな仕事をしているからだと思います。サラリーマンは、会社を辞めてしまうと食いっぱぐれてしまうと思っている人が多いでしょうし、それは無理からぬこと。でも、そうした会社の縛りから離れて、好きなことを極めてみると、それなりに生活していけることに気づくと思います。最終的には人生の充実感はお金ではないですから。

楠木:磯﨑さんのように、好きなことを続けてきて、そうした蓄積が、突然といってもいいぐらいの短時間で、小説という形で実を結ぶということもありますしね。

磯﨑:バブル期以前のように紋切型が許されていた時代と違って、今は仕事でもプライベートでも何でも差別化が求められる、自分のコアな部分をさらけ出してやっていかなければならなくなりつつある、と思います。冒頭で言った「二足のわらじ」が使い分けられない時代ですね。「で、お前はどういう人間なんだ? お前の強みは何なんだ?」が問われる時代になって来ている。そうした意味で、特に若い世代の人たちは、生きていくこと自体が大変になっていくでしょう。しかし、それはようやく個性を前面に出して生きていける時代がやってきた、ということでもあるんですよ。だからこそ自分はどういう人間で、何をやりたいのか? 何が好きなのか? を深く考える必要が、ますますあるのだと思います。

楠木:僕はもともと音楽の仕事をしたくて、折り合いがつかなくて、学者という仕事をしているのですが、今でもバンドをやっています。次のライブではツェッペリンを絶対にやろうと思います。特に「ハートブレイカー」。「ターラララ」のところでは、思いっきり時間を歪ませますよ(笑)。20分とはいわないけど、15分ぐらいやることにしよう。お客さまが嫌がるだろうな……(笑)。

(構成:松岡賢治、撮影:谷川真紀子)

楠木 建 一橋ビジネススクール特任教授

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くすのき けん / Ken Kusunoki

1964年東京都生まれ。1992年一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年より一橋ビジネススクール教授。2023年から現職。専攻は競争戦略とイノベーション。著書に『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)、『絶対悲観主義』(講談社+α新書)のほか、近著に『経営読書記録(表・裏)』(日本経済新聞出版)などがある。

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