遺伝子情報から「個人の運命」は断定できない 遺伝子は「設計図」ではなく「レシピ」だ

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ゲノム解読によって、いったい何が分かったのだろうか(写真:ZARost / PIXTA)
「かつてホモ・サピエンスはネアンデルタール人と何度も交配していた」「狩猟生活から農耕生活への移行を加速させたのは、当時の人類が獲得した二つの突然変異だった」――。
こうした衝撃的な歴史を解き明かし、イギリスでベストセラーになった本が、12月14日に日本でも発売された。『ゲノムが語る人類全史』(文藝春秋)だ。
著名なサイエンス・ライターであり、進化遺伝学者としても知られる著者のアダム・ラザフォードは、近年急激な進化を遂げているDNA解読技術によって、私たちの祖先が辿ってきた知られざる旅路が次々と明らかになっていると語る。DNAには、戦争、侵略、移動、農耕、病、セックスなど、既存の歴史学ではわからなかった人類の本当の姿が刻まれていたのだ。
科学(理系)が歴史(文系)を塗り替える、その最前線をまとめた同書を、生物学・進化論翻訳の第一人者として知られる垂水雄二氏が紹介する。

 

著者のアダム・ラザフォードは、ロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジ出身の理学博士で、眼の発生にかかわる遺伝子の研究者として知られる。雑誌『ネイチャー』の編集部に約10年勤務したあと、科学ジャーナリストとして、雑誌『ガーディアン』に定期的に寄稿し、BBCラジオのチャンネル4で、いくつもの重要な科学番組をプロデュースするなど多方面で活躍している。

人類進化の実像をわかりやすく解説

本書は、2014年の『創造ーー生命の起源と生命の未来』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)につぐ、2作目の本格的な単行本。原題はA Brief History of Everyone who Ever Livedで、直訳すれば、『これまで生きてきたすべての人間についての簡潔な歴史』というところだろう。

アダム・ラザフォード博士(提供:文藝春秋)

著者は、上記のような経歴の持ち主なので、啓蒙書の書き手としての腕は確かであり、随所に皮肉やユーモアをまじえた本書は、読み物としてきわめてよくできている。

全体的な内容は、ヒトゲノム計画以降のここ10年ほどの分子遺伝学の成果、ことに化石人類に含まれる微量のDNAを抽出して解読する技術の発展がもたらした知見をもとに、人類進化の実像を、明快かつ平易に語ったものである。

20世紀末までは、古人類学はもっぱら、化石人骨と、洞窟壁画や土器・石器などの遺物に頼らざるをえなかった。歴史時代についても、断片的に残されたわずかな文書記録と、さまざまな歴史遺構しか手がかりはなかった。しかし、DNAの塩基配列の解読は、人類史の解明にまったく新しい地平を切り開くことになった。

なによりも重要なのは、化石からはその特定の個人の情報しか得られないのに対して、塩基配列は、その個人が属する種、集団、民族についての情報をもたらしてくれることだ。

もちろん、1人1人のゲノムは同じものが1つとしてないという意味で唯一無二のものであるが、その個人差は、集団のなかの変異であり、他のゲノムとの比較によって、集団のもつ遺伝子の総体、すなわち遺伝子プールを明らかにできるのである。

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