一人ひとりにできる「国境なき」人道援助 ロヒンギャの危機はまだ去っていない

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加藤 我々の活動資金の95%以上は、世界610万人以上の方々から寄付していただいた民間資金で賄っています。各国政府や国際機関のさまざまな意向に縛られないようにするため、公的な資金の援助は低く抑える決まりになっています。もしアフガニスタンやシリアなどの紛争地域で政府や紛争当事国家の意向に従っていれば、我々の活動は実現できません。だからこそ、誰からも縛られない独立性を維持する必要性があるのです。しかし、現実には、政治的・宗教的に極端な思想を持っているグループによって、活動の安全性が確保できない事態が生じています。本当は対立している勢力の両方で援助活動を行いたいのですが、複雑な政治状況の中、なかなか達成できていない地域もあります。

想像を絶する惨状は今まさに起こっている

サヘル 加藤先生がMSFを志したきっかけは何でしょうか。

加藤 大学卒業直後、小児科医を志すタイミングで、MSFの映像をたまたま見る機会がありました。そこに映っていたのは、栄養失調の子供を治療する外国人のドクターでしたが、そのとき「私でもできることがある」と感じたのです。その映像は自分にとって非常に衝撃的で、こうした現実がありながら目を瞑っていてはいけないと思いました。その気持ちは今も変わりません。現地では人道援助の理想論だけでは通用しないこともありますが、理想を捨てたわけではありません。各スタッフは無力感を抱えながらも、あきらめずに懸命に活動しているのです。

サヘル ご家族から心配されたり、反対されたりはしませんか。

加藤 特に若いスタッフは、家族や両親から反対や心配されたりすることもあるようです。私もかつて、現地に出向くとき、家族に見送られ新幹線に乗車した途端、窓越しに娘が突然泣き始めたことがありました。娘は出発まで顔を強張らせながらも、私を困らせないようにと泣くのをずっと我慢していたのに、それに気づくことのできなかった父親としての至らなさにいたたまれなくなりました。それでも家族から「行くな」と言われたことは一度もありません。

サヘル 日本は国際社会に対して関心が薄いように見えます。でも、それは国際情勢に関する情報が少なすぎるからです。バングラデシュで避難生活を送るロヒンギャ難民についても、国内での報道は多くありません。MSFを始めとして、さまざまな国際団体が活動していますが、その現状を若者たちが知る機会がない。それは本当にもったいないことです。

加藤 私もロヒンギャ難民キャンプに赴きましたが、状況には圧倒されました。皆、一日いちにちを生き延びることに必死で、不安を隠そうともせず、小さな子供たちまでもが眉間にシワを寄せる表情をしています。見渡すかぎりすべての人々が恐怖心や不安感を醸し出している状況は想像を絶するものです。竹とビニールシートだけで雨露を凌ぎ、ぬかるんだ泥の上で家族が暮らしています。あまりにも狭いエリアに多くの人たちが密集して生活しているので、衛生環境は最悪です。もし感染症の流行が起きれば、数千、数万人が命を落としても不思議ではありません。エボラのときもそうですが、たくさん人が死んでからでないと国際社会は動きません。しかし、援助は、まさに今必要なのです。それなのに報道も減ってしまえば、まるで危機は去ったかのような錯覚を覚える人も出てくるのではないでしょうか。

サヘル バングラデシュの知り合いに聞くと、身体に受けた傷だけでなく、性的暴行を受けた女性も多いといいます。しかもそれを小さい子供たちまで目の当たりにしている。彼らは身体だけでなく、心にも傷を負っているのです。その心をケアしなければ、次の世代に憎しみだけを残していくことになりかねません。

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