「君たちはどう生きるか」がヒットした必然 第3回、スージー鈴木「月間エンタメ大賞」

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しかしこの本の大ヒットの発端は、「子ども向けの本でありながら、高年齢層が買う」という、非常に特殊な構造であった。この構造から発生するのは、高年齢層による「我が子(孫)に読ませるための購入」である。

事実、マガジンハウスによれば「50代以上が、①懐かしくて買った、②孫や子どもに買ったことから火がついた。そして、③テレビで女性全般に広がり、④そこからまた子どもや孫世代に広がり、さらには⑤学校教員の方が生徒に薦めたというのが、世代やジェンダーを超えて売れた要因」という。

いわば、(自分が)「読みたい」需要に、(子・孫に)「読ませたい需要」が上乗せされたのだ。

書籍市場を活性化するヒントとは

ここで、「読ませたい需要」を生んだ、生活者側のリアルな深層心理を想像してみる。そこには書籍市場を活性化するためのヒントがあると思うからだ。

――家の中でも、ヘッドホンを着け、スマホばかり見て、LINEばかりしている娘に対して、親は「少しは本を読んでほしい」と思っている。「自分が若い頃に体験したような、人生を変えるほどにエキサイティングな読書体験をしてほしい」と思っている。でも時代は変わってしまった。そして本屋自体も、ビジネス本と雑誌、後は文庫と新書だけという、味気ないものになっている。

あの頃の、未知の世界、大人の世界、ちょっとヤバい世界へのゲートウェイだった本屋など、もうどこにもない。そんな今、自分が昔読んで胸を熱くした沢木耕太郎『深夜特急』を娘に渡しても、無視されるのがオチだろう……。

という、親(祖父・祖母)のアンビバレント(好意と嫌悪を同時に持つ)な気持ちに、見事にすぽっとハマったのが、この『漫画 君たちはどう生きるか』ではなかったか。

私は51歳で、小6の一人息子がいる。私は、高校時代に図書館で渋谷陽一(音楽評論家でロッキング・オンの社長)の本を読んで、人生が変わり、いまだに音楽評論を続けているような輩だが、息子は本などほとんど読まない。たまに雑学本を眺める程度である。

そんな私が息子にこの本を渡してみた。すると……読んだのである。予想通り、文字だけのページは一気に飛ばしたが、漫画のページは通読した。そして、「最後が良かった」と、たった一言だが、感想を述べたのである。

私は、誇らしかった。大げさに言えば、読書文化の継承に成功したという喜びを感じたのだ。こういう喜びが幾重にも積み重なって、80万部が達成したのではないか。

以上、キーワードを並べると、「教養のポップ化」「ノスタルジー読書」「人生を変える読書体験を我が子に」。これを合わせていくと、書籍市場低迷の中、次のヒット作を生むためのヒントが見えてくる。それは、親の子どもに対しての「読ませたい需要」の発掘である。

次に出てくる「読ませたい本」は、何か――。

スージー鈴木 評論家

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すーじー すずき / Suzie Suzuki

音楽評論家・野球評論家。歌謡曲からテレビドラマ、映画や野球など数多くのコンテンツをカバーする。著書に『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『サザンオールスターズ1978-1985』(新潮新書)、『1984年の歌謡曲』(イースト・プレス)、『1979年の歌謡曲』『【F】を3本の弦で弾くギター超カンタン奏法』(ともに彩流社)。連載は『週刊ベースボール』「水道橋博士のメルマ旬報」「Re:minder」、東京スポーツなど。

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