最新鋭機開発で混乱続くボーイングとエアバス--振り回される日本企業の苦悩

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ボーイングの焦り リーン方式へ大転換

なぜ787は急ぎすぎ、遠くへ飛びすぎたか。理由は一つ。ライバル、エアバスへの抑えがたい敵愾心(てきがいしん)だ。

70年、747が初飛行に成功した同じ年に産声を上げたエアバスは当初、ボーイングにすれば、いずれ消えゆく新参者だった。ところが、A320(130席)の大ヒットを踏み台に、01年、ついに受注機数でエアバスがボーイングを抜き去る。以降5年間、ボーイングは王座を明け渡すことになる。しかも、A380(525席)の就航によって、エアバスは全領域でボーイングに対抗する陣形を作り上げた。

しかし、ボーイングはすでに90年代後半、この日の来ることを予感していたのではないか。ボーイングは挑戦者に圧倒されつつあった。一つは技術面、もう一つは生産性で。

エアバスはA300(265席)で初めて双発の広胴機(それまで長距離・広胴機は3発以上のエンジンが必要とされた)というコンセプトを確立し、A320で「フライ・バイ・ワイア」(Fly By Wire)と呼ばれる電子操縦システムをこれも初導入した。

さらに操縦システムを共通化し、一人のパイロットが複数機種を運航できるようにした。エアラインはパイロットを効率的に活用し、訓練費も節減できる。

保守的なボーイングは、いつの間にか、革新的な挑戦者の生徒になっていた。積もり積もった鬱憤を晴らし、一気にエアバスを引き離そうとしたのが、787の「革命的な飛躍」だったのである。

もう一つ、ボーイングは生産性でもエアバスに劣後していた。エアバスが生き残ったのは、もちろん、独仏の巨額の政府助成があればこそだが、それだけではない。90年代半ば、ボーイングはエアバスのコスト構造を調査した。結果は衝撃的だった。同じ機数を作るのに、ボーイングはエアバスの倍以上の工場スペースを使っている。ボーイングの生産コストはどう計算しても12~15%劣っていた(ジョン・ニューハウス著『Boeing versus Airbus』)。

ボーイングの製品はワールド・クラスだが、生産方式はそうではない--。では、どう変えるか。

10年かけて出した結論が、グローバルチェーンの形成、つまりグローバル・アウトソーシングだった。お手本の一つは、トヨタ自動車である。系列を積極的に活用し、ジャスト・イン・タイムで部品を調達し、自らはリーンな(ぜい肉のない)ままの、あのスタイル。90年代、経営陣はトヨタ、キヤノンなどの工場を訪問し、98年からは社員を送り込んでカイゼンを本格的に学習している。

さらに、「下」を見れば、加リージョナル機のボンバルディア、エンブラエル(ブラジル)がシステムごと外部に委ねる「システム発注」方式(彼らはそうする以外、選択肢がなかっただけなのだが)をとっている。

出せるモノは外に出す。ボーイングは生産者から「リーン」なインテグレーターに大転換した。象徴は、05年、シアトルに次ぐ一大拠点のウィチタ工場を投資ファンドに売却したことだ。ウィチタはスピリットに社名変更し、英BAEの航空機材部門を買収。現在、スピリットは787のコックピットを担当すると同時に、エアバスにも供給している。ボーイングにとっては、それでコストが下がるなら問題なし、である。

 大転換のおかげで、それまで門外不出だった主翼を三菱重工が担当でき、日本のシェアも35%に高まった。反面、日本側には「米国は製造をあきらめているようなところがある」「基本設計はボーイングだが、10年経てば、現場で造っているほうの力が上になる」という思いがある。本当にこの方式でよかったのか。

そもそも、トヨタはカンバン方式の骨肉化に数十年の時間をかけている。ボーイング自身、737や777にムービング・ライン(自動車のように航空機をライン上で移動させながら作業する)を導入するときは、慎重の上にも慎重を期していた。

そのボーイングが、急いで大転換に飛びついたのは、この方式なら最速で量産化を立ち上げ、エアバスから王座を奪還できる、と考えたからだろう。思惑どおり06年、王座は戻った。が、焦りは世界中の現場の大混乱を生み、日本のティア1にも「まさか」が起こった。富士重工業が担当する中央翼で強度不足が発見され、再設計となったのだ。

富士重工は767のフェアリングから炭素繊維を扱い、日本勢の中でも最も経験豊富。それだけに波紋は小さくない。当面、補強材でしのぐが、業界の名物男、ILFCのウドゥバー・ヘイジー会長から爆弾発言が飛び出した。航空機リース大手、ILFCは787の最大の発注主(74機)だ。「中央翼の再設計で重量が増えたため、787‐10(787の300席型)を造るには、主翼もエンジンも替えねばならなくなる」。このままなら、787は350席までカバーするA350XWBに対抗できない、というご託宣である(ボーイングは「中央翼の問題はクリアされた」としている)。

よりコンパクトな787‐3も、危うくなっている。‐3は全日空とJALが国内線用に発注した特殊仕様だ。業界では「‐3を発注しているのは日本だけ。ボーイングは標準型の787‐8、‐9の開発で手いっぱい。‐3は造らないのでは」という見方が広がっている。

日本側にすれば、とんでもない。「‐3を造ると言うから、787を発注した。ボーイングは一度も造らないとは言っていない。躊躇する気持ちはわかるが、われわれとしては、造れ、と言い続けるだけ」。

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