知の巨人「ジャック・アタリ」は何が凄いのか 近未来を的確に見通すためにやっていること

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読者にしてみれば、そんなことより私たちが具体的に何をすればいいのか教えてほしいといいたいかもしれないが、それは期待するほうが間違っている。

なぜなら、もともと彼は、現場で汗を流して働いている人たちに読んでほしいとこの本を書いたのではないからだ。アタリ氏が読者として想定しているのは、自分と同じエリート層だけである。

イギリスほどではないにしても、フランスも完全な階級社会だといってよく、ひと握りの知識層と大多数を占める労働者層の間には、越えがたい壁が存在する。おそらく彼には、労働者階級の友人などひとりもいない。もしかすると、これまでの人生で、まともに会話を交わした経験すらないかもしれない。彼の国のエリートというのは、そういう人たちなのである。

社会における役割も違う。国の行く末を決めるのはエリートで、労働者はそういった面倒なことにはかかわらず、毎日の暮らしのことだけ考えていればいいというコンセンサスが出来上がっている。

だから、アタリ氏は当然のように、エリートに対しメッセージを発し、彼らの議論を誘発するのが自分の役目だと思っている。そのため、どうしても主張が観念的になってしまいがちなのである。

2014年に日本で出版された彼の著作『危機とサバイバル』(作品社)では、個人、企業、国家への提言として7つの原則が記されているが、それらもやはりどこか浮世離れしているといえなくもない。たとえば、「根源を揺るがすような危機においてはすべてのルールをひっくり返す革命的な思考力をもて」とある。でも、普通の人がそんなことを言われたって土台無理なのだ。それができないから労働者の地位から抜け出せず、日々あくせく働いているのではないか。

日本でいえばジャック・アタリの本は、東大教授の論文のようなものだ。地方のマイルドヤンキーが読むかもしれないと思って書くはずもなく、マイルドヤンキーのほうも、そんなものを読みたいという気持ちをはなから持っていないのだ。

新しいものが古いものを駆逐するのは世の常

実をいうと、アタリ氏の本など読まなくても近年のテクノロジーの進化をみていれば、人類の未来はいまよりもよくなるという予想はつく。少なくとも私は、未来に関してはかなり楽観的だ。

なかには「AIが人間の能力を超えたら、やがて人間が機械に支配されるようになる」「iPS細胞は他の細胞のガン化を促進する」など、ネガティブな側面にばかり注目して技術が進むのを否定しようとする人もいるかもしれないが、どんなに否定しようがテクノロジーの進化は一方通行で、決して後戻りすることはない。新しいものが古いものを駆逐するのは世の常なのである。

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