津波から命を救う「救命艇シェルター」の正体 25人も乗れて価格は800万~900万円

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水野社長に、どのような思いをもって仕事に取り組んでいるのか、と聞いてみました。

「当然ですが、船の仕事は海の上です。動力であるエンジンの整備をすることで、船を安全に保つことが使命と思っています。最近では、官庁のお仕事もさせていただいているのですが、乗組員の皆さんは海の安全、ひいては国の安全を守っておられます。絶対に壊れてはいけない船なのです。私たちは、その壊れてはいけない船を守り抜く覚悟をもって仕事に当たります。そのために、予防として徹底的に整備します。修理屋でなく整備屋です。完全に整備した船は壊れるものではありません」

まさに技術に裏付けられた言葉でした。そしてその技術は海外にまで及んでいます。

救命ボートの整備も手掛けている(写真:ミズノマリン)

「遠方ではジブチという国(ジブチ共和国。アフリカ北東部にある共和制国家)まで行ったこともあります。飛行機で28時間かかりました。ソマリア沖の海賊騒ぎの最中(さなか)でしたが、日本の船を守るには日本の整備士がいい、ということでお声がけいただきました。わざわざ遠方から呼んでいただき、技術者冥利に尽きる思いでした」

マリンエンジンの整備に続き、11年前から大型船には欠かせない救命ボートの整備も手掛けています。いざ海難事故だという時、救命艇が使いものにならなかったりしたら大変です。整備を欠かさず、つねに予防をしておく。予防することで守れる命があります。

「一家に一台、救命艇シェルター!」の夢

プーケットでの津波騒ぎの経験から、水野社長は、大型船の救命ボートの技術を使って何かできないか、と考えました。そうした思いの結晶が、冒頭に述べた救命艇シェルターです。

「正直、乗り心地は快適とは言えません。でも、命は守ります」

水野社長は力強くそう言い切ります。25人乗りで、1週間はその中で生活が可能。エンジン付きで自走できるものもあるそうです。問題は800万~900万という価格です。なかなか個人では手が出せません。

何とか家庭に普及させたいと、現在は、6人乗りの廉価版を計画中です。豊中市のチャレンジ補助金を受け、造船所で建造を急いでいます。不要なものをできるだけ削って、価格を100万円台に抑えたい考えです。でも、海中でひっくり返っても元の位置に戻り、FRP(繊維強化プラスチック)製で艇内に水が入っても沈まない。こうした、安全にかかわる基本構造は譲れません。来年2月に、横浜で開催される震災対策技術展に出展後、本格販売して、津波対策に貢献したい考えです。

人と同じことをしていては勝てない、とはよく言いますが、なかなかそれを実践するのは難しいと思います。でも水野社長は、皆のやっている車のエンジンではなく、船のエンジンの整備に目を付け、それをこつこつと積み上げてきました。自分たちの技術を活かせる現場があって、その技術を求める人たちがいる。エンジニアとしてかけがえのないお仕事に従事されていると思います。

なお同社の技術の結晶である救命艇シェルターは、2016年には「私の選んだ一品」に選ばれました。「私の選んだ一品」は、グッドデザイン賞応募作品の中から審査委員会1人1人がひとつだけ作品を選ぶというもの。選んでくれたのはタイのデザイナー(Eggarat Wongcharit氏)で、「シェルターボートは、命の価値を享受する作品だ。差し迫った死の恐怖に直面した時、命をつなぐようにデザインされている」と高く評価しました。

開発を決意したタイからのエールとして、水野社長は「大いに励まされた」と言います。“命をつなぐデザイン”の普及を目指し、今後ともぜひ頑張ってもらいたいと思います。

竹原 信夫 日本一明るい経済新聞 編集長

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たけはら のぶお / Nobuo Takehara

有限会社産業情報化新聞社代表取締役(日本一明るい経済新聞編集長)。1971年3月、関西大学社会学部マスコミ学科卒、同年4月にフジサンケイグループの日本工業新聞社に入社。その後、大阪で中小企業担当、浜松支局記者などを経て、大阪で繊維、鉄鋼、化学、財界、金融などを担当。1990年4月大阪経済部次長(デスク)、1997年2月から2000年10月末まで大阪経済部長。2001年1月に独立、産業情報化新聞社代表に。年間約500人の中小企業経営者に取材、月刊紙・日本一明るい経済新聞を発行している。
 

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