所得税の累進課税強化では財源確保できない 税収を検証してみると、消費税代替には不足

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先ほどの表のように、40%の税率区分には約30万人の納税者が存在し、その総課税所得は約3.2兆円となる。その10%分の増税なので、約3200億円の税収増となる計算だ。ここでも税率を限界の90%まで引き上げたとしてみよう。すると、その増収は約1.6兆円(約3.2兆円×50%)となる。先ほどの最高税率45%を90%に引き上げた際の増収約9000億円と合算すると、約2.5兆円の財源が生まれることになる。

約2.5兆円の財源は確かに小さくないが、それでも消費税率1%分でしかないのも現実だ。それでは、さらにその下の税率区分でも限界の90%まで税率を引き上げてみよう。3番目の税率区分33%で税率を90%に引き上げた場合、増収額は約3.1兆円となる計算だ。これで先の約2.5兆円と合わせて、約5.6兆円の増収額まで拡大させることができた。

ただこの際、表を見ればわかるように、課税所得900万円以上の部分については、住民税と合わせ、税率100%、つまり全額没収となってしまう。課税所得900万円は、ざっと優良大企業の管理職クラスが該当する所得水準。ここまでの累進課税強化を実施すると、現実問題としては人材の海外流出や勤労意欲低下といった負の側面も出てきそうだ。

格差是正と財源確保には税の組み合わせしかない

以上の試算の結果、わかったのは、所得税の累進課税強化は、所得再分配機能の強化のためにはある程度必要だとしても、消費税の代替財源にはなり得ないことだ。

野党の中で累進強化を最も強く主張する共産党の2017年総選挙政策パンフレットを見ると、「所得税・住民税の最高税率を元に戻す、富裕層の各種控除の見直しなど」によって、「1.9兆円」の財源を生み出すとしている。これを今回の試算と突き合わせると、課税所得4000万円以上を全額没収にしても足りず、同1800万円~4000万円未満も没収に近い水準の税率で課税しないと達成できないことがわかる。このように実際の所得水準との関連がはっきりした際には、有権者の反応がどのようなものになるかは予想がつかない。

現在、政府は2019年10月に消費税率を8%から10%へ引き上げることを予定している。が、それでも社会保障費による財政赤字は年約20兆円もあり、財政健全化にはさらなる国民負担の増加は避けられそうにない。仮に、将来的に10兆円分の増税を行うなら、消費税では4%分の引き上げとなるが、所得税の累進課税強化ではまったく及ばないことがわかる。所得格差是正のための増税と、社会保障財源確保のための増税は確かに両方とも必要となるかもしれない。適材適所でさまざまな税を組み合わせていくのが現実的な解のようだ。

野村 明弘 東洋経済 解説部コラムニスト

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のむら あきひろ / Akihiro Nomura

編集局解説部長。日本経済や財政・年金・社会保障、金融政策を中心に担当。業界担当記者としては、通信・ITや自動車、金融などの担当を歴任。経済学や道徳哲学の勉強が好きで、イギリスのケンブリッジ経済学派を中心に古典を読みあさってきた。『週刊東洋経済』編集部時代には「行動経済学」「不確実性の経済学」「ピケティ完全理解」などの特集を執筆した。

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