警告!次の震災は国民の半数が被災者になる

名古屋の名物教授が訴える大地震への備え

福和教授は1981年に名古屋大学大学院を修了後、大手ゼネコンに入社。建物と地盤の関係を追究する耐震工学を中心に、原子力や宇宙建築などの先端研究にも携わっていた。

つねに強気で自信満々に歩んできたように思えるが、1995年の阪神・淡路大震災では建築の「安全神話の崩壊」を目の当たりに。当時は母校の建築学科に研究者として戻っていたが、神戸の強烈な教訓を胸に刻んで「防災の専門家」となることを決意する。

以来、高層ビルの長周期地震動の対策を強く訴えれば、過去の災害と「地名」との関係なども調査。災害と関連する歴史への造詣は、文系の研究者並みに深い。

しかし、東日本大震災の大津波と原発事故は、やはり「想定外」だった。特に原発についてはゼネコン時代に新潟県の柏崎刈羽原発の耐震設計にかかわった経験がありながら、福島の事故が水素爆発にまで至ることは、まったく想像ができていなかったという。自らも“専門性のわな”にはまり、視野が狭まっていたことを認め、反省と後悔の念も隠さない。

「3・11」当日は東京に出張中で、都心の大混乱をかいくぐって翌朝に名古屋へ。殺到するマスコミ取材に対応しつつ、正確な情報発信の場が必要だと学内の1室を整備した。これがのちに名大の防災拠点「減災館」建設の動きにつながっていく。

当時の橋下徹・大阪府知事に招かれて参加した咲洲(さきしま)庁舎への本庁移転をめぐる専門家会議では、軟弱地盤に立つ高層建築の怖さをひたすら説いた。大学で開発した学習教材「ぶるる」を持ち込んで共振現象を説明し、最後は「檄(げき)文」のような文書を会議で配布し、橋下知事に庁舎移転を思いとどまらせた。

国民の2人に1人が被災者になる

福和教授の頭には、大正時代に関東大震災の発生を警告して「地震の神様」とも呼ばれた地震学者、今村明恒(あきつね)の存在がある。今村は昭和に入ると南海トラフ地震の発生も警戒し、私財を投げ打って和歌山県に地震研究所を創設、関係自治体の長に自ら手紙を差し出して危険性を訴えた。

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しかし戦中は軍に研究所の施設を接収され、観測のできなかった1944年に東南海地震が、続く1946年には南海地震が起こってしまう。今村は災害を減らせなかったことを深く悔やみながら、その約1年後に77歳で昇天した。

「今村は地震学という自分の専門にとどまらず、むしろ防災的視点で防災教育や耐震化、不燃化などについて精力的な活動をした。有名な『稲むらの火』を教科書に掲載することにも貢献したとされる。こうした『言いっ放し』で終わらない、行動する学者が今どれだけいるか」と福和教授は各学界にも、自身にも問い掛ける。

2012年から2013年にかけて委員として携わった内閣府中央防災会議の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」では、来たるべき南海トラフ地震によって死者32万3000人、国民の2人に1人が被災者になるという最悪の想定を描き出した。

もう想定外とは呼ばせない――。読者が1人でも多く防災に対する意識を変え、1つでも多くの行動をしてほしい。それが本書に込められた福和教授の最大の「ホンネ」なのだ。

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