現代日本とフランス第2共和政はソックリだ 憲法改正の先には何が待ち受けているのか

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だからこそ、為政者がつねに権力の座にあるためには(あるいは為政者が自らに都合のいい体制をつくるには)、つねにどこかに危機がせまっていることを、国民に告げる必要がある。

ジョージ・オーウェルの『1984年』という小説は、まさに独裁体制を描いた名高い小説だが、そこで出てくるスローガンにある文字を見ると、危機がつねにあおられていて、それが日常生活化していることがわかる。その言葉とは、「戦争は平和である、自由は屈従である、無知は力である」(新庄哲夫訳、ハヤカワ文庫、24頁)。 

国を閉じ、海外からのニュースを遮断し、国民を無知の状態に置き、戦争状態こそ日常の平和であることを教え、国家権力に従属することこそ自由であることを国民に馴致(じゅんち)させることである。敵が誰であろうとかまわない。敵がいることが重要なのである。

「2分間憎悪」によって起こること

オーウェルの世界に、「2分間憎悪」という興味深い儀式が出てくる。これは国民に課せられた毎日の業務の1つである。憎き外敵に対して1日2分間罵倒しつづける時間のことである。

国家が決めた敵に対して、2分間ひたすら憎悪の言葉を投げつけることで、いつのまにかその敵が現実にいるように見え、その敵に対して戦っている国家がすばらしいものに見えてくるという儀式である。国民の不満を国家に対する不満へと昇華させないで、外敵に向けさせることで、ガス抜きを図るというものである。

これらはもちろん架空の世界の物語だが、いまのわが国の状況を少し客観的に見れば、この架空の世界に似てなくもないことに、いまさらに驚く。

北朝鮮という外敵(ちょっと前は中国であったが、時には韓国の場合もある)に対して、憎悪を募らせ、危機があおられる。本当にどれくらいの危機であるかを知るには、東西の国際情報を手繰り寄せて、それによってしっかりと判断すべきなのだが、そうした面倒くさい手続きは忘れられ、ひたすら脅威のみが喧伝され、それに国民は躍らせれる。そうなると、いつの間にか民主憲法といって誇りをもってきた憲法も、戦後の制度も、極めて脆弱なものに見え、国民は、何か強い独裁的な人物像の出現を待ち望みたい気持ちになってくるから、大変だ。

ふと考えると戦前の日本も、こうした状態に振り回されたのではなかったか。いま立ち止まってゆっくりと考えてみるべき時かもしれない。せっかく勝ち得た民主主義を手放さないためにもだ。

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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