ビジネスがうまくいかないのは、ビジネスモデルが悪いか、社長が悪いか | 愚直に続けたから 成功した、 ワケじゃない

ビジネスがうまくいかないのは、<br />ビジネスモデルが悪いか、<br />社長が悪いか

ビジネスがうまくいかないのは、
ビジネスモデルが悪いか、
社長が悪いか

澤田秀雄
エイチ・アイ・エス
代表取締役会長兼社長

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旅行業界のベンチャーで格安航空券の先駆者でもある、エイチ・アイ・エス代表取締役会長兼社長、澤田秀雄氏。澤田氏は、エイチ・アイ・エスを海外旅行取扱高2位にまで成長させただけでなく、国内外でのホテル事業、証券、銀行業などを手掛ける複合企業に育てあげた。ロボットホテル「変なホテル」に注力するなど、今も第一線で活躍している。ソフトバンクの孫正義氏と並ぶ日本を代表するベンチャー起業家に今回、事業で成功するための秘訣を語ってもらった。


ハウステンボスは知らなくても、
「変なホテル」なら知っている

――澤田さんは2010年から取り組んだ「ハウステンボス」の再生を始め、ロボットホテルの「変なホテル」や「移動式水上ホテル」などの新規事業でさまざまなアイデアを実現されています。こうした事業アイデアはどのように考え、実現されるのでしょうか。

澤田やはり最初は想像力が必要です。そこから、それがビジネスとしてできるのかどうか、ビジネスモデルとして問題ないのかどうか。そして、人があまりやっていないかどうかを考えます。人のマネをしてもしょうがない。事業家ですから、まずはそう考えます。

 おかげさまで、ロボットホテルの「変なホテル」は今大成功しています。生産性が高く、お客様の満足度も高く、日々進化しています。名前は「変なホテル」と付けましたが、別に変ではありません(笑)。変化し、進化し続けるというのが「変なホテル」のコンセプトです。ロボットも新しいシステムができるたびに改良し、毎年進化させています。今は「ロボットバー」「ロボットカラオケ」をつくっているところです。

 「変なホテル」は世界が注目しました。普通なら、ロボットホテルのようなテクノロジーを使った新しい取り組みは米シリコンバレーから生まれることが多いわけですが、日本発は珍しいと欧米や中国のマスコミなどがたくさん取材にきました。ハウステンボスは知らなくても「変なホテル」なら世界の人が知っている。こうした新しい事業がもともと好きなんです。

――事業アイデアはどんなときに思い浮かぶのですか。

澤田たとえば、私はハウステンボスではホテル住まいをしていました。「ホテルヨーロッパ」という非常に古典的なホテルなのですが、スタッフが多く、とても非効率に見えました。そこで調べてみると、ホテルのいちばんのコストは人件費と光熱費であることがわかった。じゃあ、世界一生産性の高いホテルをつくろうと考えたとき、どうやって人件費と光熱費を削減させるかがカギになる。それにはロボットや自動化されたシステムが必要なのではないか。そう考えて生まれたのが「変なホテル」です。人がやっていないことをすべきですが、奇をてらってやればいいわけでもありません。日常からアイデアが生まれることも多いです。

――「水上ホテル」はどのようにして生まれたのですか。

澤田今年、無人島を買いましたが、単に行くだけでは面白くない。お客さまに泊まってもらいたいけど、無人島にホテルをつくるのは大変です。ならば、水上にホテルをつくって、もしそれが移動できたら面白いのではないかと考えたんです。約30平米強の球体型の「水上移動式ホテル」は来年1月にできる予定です。昼はハウステンボスで遊んでいただき、夜はそのホテルに宿泊していただく。午前3時くらいになると、ゆっくりと移動を始め、朝になると無人島に到着している。そこで美しい海の景色を見ながら朝食を食べるというサービスを考えています。

――普通の人でも想像はできるでしょうが、実際に実現するまでにはなかなか至りません。

澤田頭で想像できるものであれば、人間はつくれるんですよ。時間がかかることはあるかもしれませんが、想像できるものは必ずつくれます。逆に言えば、想像できないものはつくれない。新しい想像を頭の中に描けるということは、実際につくることができるんです。私は、いつもそんな発想です。新しいものをつくったほうが楽しいでしょう(笑)。

 建設中の「変なホテル」3号棟では、屋根や壁面に太陽光発電ができる薄いシートを貼り付け、今開発している植物性の蓄電池も使って、昼と夜の電気をコントロールしようとしています。ロボットだけでなく、エネルギーも省エネできるホテルです。生産性が高くなれば、競争力も高まります。極端に言えば、1室5000円でも利益が出る企業体質をつくりたいと思っています。植物性の蓄電池についても、安価で熱を発さない優れもので、設備の償却が進めば、将来的には電気代がフリーになります。今は新しい取り組みで本当にワクワクしています。


企業再生のポイントは社長
これでほぼ決まり

――今、注力されている事業は何ですか。

澤田これから1年以内に「変なホテル」を東京、上海、台湾など10カ所につくろうと考えています。そこでメドがつけば、今度は3~5年以内に100カ所。それが成功すれば、世界で1000カ所つくろうと考えています。「変なホテル」は競争力がありますから、あとは泊まり心地の良さや充実したサービスをロボットでも提供できるかどうかがカギとなってくるでしょう。

――これまで失敗した事業もあったと思いますが、撤退するときの基準はつくっているのでしょうか。

澤田やってみてダメな場合、原因は2つしかありません。ビジネスモデルが悪いか、社長(担当者)が悪いかです。うまくいかない場合は、まずは社長を代えてみて、それでもダメなら撤退です。そのタイミングは、通常は1年くらいですね。すぐに利益が出ないビジネスもありますが、それでも長くて3~5年です。たいていのビジネスは、良い社長がつけば、黒字になります。グループの証券会社もずっと赤字でしたが、優秀な証券マンを社長に付けると見違えるように黒字の会社になりました。同じくグループ会社であるモンゴルのハーン銀行も優秀な社長を付けたことで、今ではモンゴル随一の銀行になっています。ポイントは人なんです。

――企業再生のポイントになるものは何でしょうか。

澤田企業再生が成功するいちばんの要因は社長です。これでほぼ決まります。その次は、その事業で何が問題か。貸借対照表と損益計算書を見れば、だいたいのことはわかります。経費を使い過ぎているから赤字なのか、売り上げが少ないから赤字なのか。大抵の企業の場合、経費を2割下げて、売り上げを2割伸ばすと、黒字に転換します。4割ほど増収増益して黒字にならない会社はほとんどありません。

――企業再生で抵抗勢力がいるときもありますよね。

澤田規模にもよりますが、30人くらいの小さな会社であれば、思い切って社長を代えます。良い社長であれば、すぐに黒字になります。ただ、1000人を超える会社は企業文化ができているので、一気に変えてしまうとグチャグチャになってしまう。そういう場合は、時間をかけてゆっくり変えていく。でも、基本は経費を下げることと、売り上げを伸ばすこと。そんなに難しいことはやっていません。

 スタッフに関しても、部門の責任者をまずやらせてみて、できなければ代える。結果が出ないということは、運もあるかもしれませんが、実力がないということです。3カ月、6カ月、1年とやらせてみて、ダメならドラスティックに代えるんです。

 ハウステンボスも九州産交グループもハーン銀行もそうです。業態が違ってもやることは同じ。もちろん知らない業界の勉強はしますが、金融なら金融のプロを連れてきたほうが再生は早くなります。それぞれの分野にはそれぞれのやり方がありますから。


まったく仕事ができない人でも
速く歩くだけで生産性は上がる

――ハウステンボスのときは澤田さん自身が乗り込んでいきました。

澤田いやいや、あの時本当は行きたくなかったんです(笑)。当初は適任者を探していたんですが、なかなか見つからず、私が行かざるを得なくなってしまいました。それでも難しい案件ほど、不思議とやる気が出て、楽しくなりますね。難しいから、成功すれば達成感があって楽しい。しかも、お客様に喜んでもらう仕事なので、なお楽しい。

 でも、最初に出向いたときの会社の雰囲気は暗かった。18年間ずっと赤字で社長は9人も代わった。諦めムードで一杯でした。ですから、私は、「ウソでもいいから、明るく、楽しく、元気にやれ」と何度も言いました。テーマパークなのだから、暗い顔をしていてもしょうがないでしょ?

――元気のない従業員をどのように変えていったのですか。

澤田まずは自分たちができること、やれることを覚えさせるようにしました。たとえば、「速く歩いて」というようなことです。ハウステンボスの園内は広く、端から端まで歩くと30分くらいかかってしまいます。号令をかけると皆が集まるまでに20分以上かかるんです。まったく仕事ができない人がいたとしても、速く歩くだけで、生産性は上がりますから。

 そういう細かいところから従業員の意識を変えていきつつ、次のような目標を宣言しました。「半年から1年以内にこの会社を黒字にします。これまでたくさんのことをやってきたと思いますが、だまされたと思って、私の言うことに付いてきてください。難しいことは言いませんから」と。そしてこうも言いました。

 「皆さんは、お客様を喜ばすために素晴らしい仕事をしています。九州観光の一翼を担っているわけですから、自信を持ってやってください」と。

――1999年に協立証券(現・エイチ・エス証券)を買収され、その立て直しには相当苦労されたそうですね。

澤田当時、株式のネット取引ができるようになって、思い切って始めました。しかし、急激に取引が伸びたことで、システムダウンし売買の記録が吹っ飛んでしまいました。復旧するまで大きな手間と損害が出ました。これはきつかった。

 当局から行政処分と営業停止を受けました。私は、半ばやけくそになって、3カ月くらい海外旅行に出かけました。その後、海外から帰ってくると、半分くらいの社員たちが会社に見切りをつけて辞めていました。本当にしんどかったですし、優秀な社員の多くを失いました。ただ、再生のために必要なリストラが一部は済んだとプラスに解釈しました。そこから、地力をつけていき、2年後に上場させることができました。

――失敗したときに得た教訓のようなものはありますか。

澤田失敗はしないほうがいいと思いますよ。しかし、失敗したときは、学ばなければなりません。なぜ失敗したのか。必ず失敗には原因があります。それを学ぶことで経験値が上がります。1回失敗しても、そこで学べば次は同じ失敗はしません。間違ったことを取り除けば、それが成功です。失敗しても、だいたい3回目には成功するものです。

――その意味で、創業から愚直に続けていることは何でしょうか。

澤田明るく、元気に仕事をすることです。特に失敗したとき、苦しいときは、そうです。もし元気が出ないときは、エイチ・アイ・エスで海外旅行に行って元気を出せばいい(笑)。

 元気がないときは、海外旅行に行ったほうがいいでしょう。場所が変われば、気分も変わりますから。

――愚直以外で、成功につながったきっかけとは何でしょうか。

澤田格安航空券のビジネスを始めて、お客様に初めて喜ばれたときですね。お客様を喜ばせるには、お得感と満足感が必要です。お得感は価格、満足感はクオリティーです。それがあったからこそ、お客様は喜んでくれた。それが成功へのきっかけでした。

 さらに言えば、オンリーワンか、ナンバーワンかも必要です。当時、格安航空券はニッチビジネスでした。大手はやっていない。まさにオンリーワン、いわば差別化です。でも、いずれはナンバーワンにもっていかなければなりません。ナンバーワンの会社は規模や利益の面で大きなプラスを得られますから。誰でも日本で1番高い山は富士山だと答えられますが、3番目に高い山はほとんど答えられないでしょ。会社も商品も一緒です。


自分が絶対成功するという
イメージを持つことが大事

――起業家として成功するためには何がいちばん必要ですか。

澤田自分がやろうとしている事業に対して、きちんと頭の中で成功を描けることでしょう。きちんとした目標と夢があって、自分の成功の姿を描けるか。これがいちばん大切だと思います。自分は絶対に成功するんだというイメージです。それができれば、7割方は成功しています。

 今はチャンスが一杯ある、まさに変化の時代です。変化の時代は古い企業にとっては危機ですが、新しい企業にとってはチャンスです。新しい技術が生まれるときは、新しいビジネスが生まれるときです。スマホがなければ、スマホのビジネスはあり得ません。変化しているときこそ、新しいビジネスを興しやすいんです。

――EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーなど起業家を表彰する取り組みについてはどうお考えですか。

澤田すばらしいことだと思います。私自身もいろんな表彰を受けたことが力になりました。何といっても、もらわないより、もらったほうがうれしいですから(笑)。私がベンチャーを始めた当時は、まだベンチャー自体も少なかったので、大変励みになりました。

澤田秀雄(さわだ・ひでお) エイチ・アイ・エス代表取締役会長兼社長1951大阪府生まれ。69年大阪市立生野工業高校卒業後、73年旧西ドイツ・マインツ大学経済学部に留学。76年秀インターナショナルサービス設立、80年東京・新宿西口に旅行会社インターナショナルツアーズ設立。90年社名をエイチ・アイ・エスに変更。99年協立証券代表取締役、2003年モンゴルAG銀行(現・ハーン銀行)の取締役会長に就任。04年エイチ・アイ・エス代表取締役会長、10年ハウステンボス社長に就任。

――澤田さんと同世代の方たちは、リタイアする年代ですが、引退について考えたことはありますか。

澤田若い人に社長職を譲っていきたいとは思っています。でも、オーナー経営者だから消えるわけにはいかない。事業自体は一生やっていくと思います。小さな事業かもしれませんが、私は事業家ですからそこからは抜けられないですね。たいていのオーナー経営者の方は、「辞める」といっても、結局辞めないでしょ(笑)。私は辞めるとは言いませんが、バトンタッチはしたいと思っています。

――今、やりたいことは?

澤田旅をしたいですね。また全世界を回るんです。世界を見れば、時代が変わり、変化していることがわかります。新しい感性だって吸収できます。今、年齢は66歳ですが、精神年齢は46~47歳くらい。本当はね、火星に石を取りにいきたいんですよ。でも、(横にいる秘書を見ながら)なかなか予定を空けてくれない(笑)。世の中に面白いことは一杯ありますから、まだまだ新しいことにチャレンジしていきますよ。

(撮影・今祥雄)


 

“世界一”を決める起業家表彰制度
EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーとは?
 EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤーは、1986年にEY(Ernst&Young=アーンスト・アンド・ヤング)により米国で創設され、新たな事業領域に挑戦する起業家の努力と功績を称えてきた。過去にはアマゾンのジェフ・ベゾスやグーグルのサーゲイ・ブリン、ラリー・ペイジらもエントリーしている。2001年からはモナコ公国モンテカルロで世界大会が開催されるようになり、各国の審査を勝ち抜いた起業家たちが国の代表として集結。“世界一の起業家”を目指して争うこのイベントは、英BBCや米CNNなど、海外主要メディアで取り上げられるほど注目度が高い。