プロ野球の残念な体質を映すドラフトの53年 自球団の利益を優先、共存共栄とは遠かった

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野球協約に、ドラフトによる独占交渉権は、翌年のドラフト会議の前日に消滅すると書かれているのを逆手にとって、前日を「空白の1日」だと主張したのだ。

当時の金子鋭コミッショナーはこれを退け、契約を無効とした。巨人はこれを不服として、翌日のドラフト会議を欠席。江川の交渉権はくじ引きの末に阪神が獲得したが、金子コミッショナーは、阪神が江川の巨人とのトレードに応じるように「強く要望」。その結果、巨人はエース小林繁と引き換えで江川卓を手に入れた。いわゆる「金子裁定」だ。

特定の球団の横紙破りをいったんは否定しながら、そのあとで球団の意向を汲んで根回しをし、それを通してしまうのは、プロ野球界の常道だった。1948年に南海のエース別所昭(別所毅彦)が、巨人に引き抜かれた「別所引き抜き事件」がそうだし、1969年のドラフトで、大洋(現DeNA)に指名された早稲田大の荒川堯が、入団初年度にヤクルトに移籍した「荒川事件」もそうだ。

江川事件の大騒動

その点では「江川事件」は、「野球界にはよくある話」だったが、1970年代に入りテレビメディアが急速に発展したうえに、江川が傑出した投手だったために、事態は大ごととなる。ワイドショーは連日これを取り上げ、読売系を除くメディアは一斉に巨人を非難したが、巨人の親会社である読売新聞は「職業選択の自由」を持ち出してこれを正当化。国会に関係者が参考人招致される騒ぎになった。

「江川事件」以降、こうした騒ぎは起きていないが、その後、ドラフトが公明正大に行われたわけではない。また、ルールの抜け穴を探ったのは、巨人だけではない。西武ライオンズは、のちに野球殿堂入りする秋山幸二など、有望な選手を囲い込んで、ドラフト外で入団させた。この際にも、巨人などを巻き込んだ争奪戦があった。

1991年限りでドラフト外での選手獲得は禁止されたが、1993年からは、大学生、社会人に限って、選手が意中の球団を指名できる「逆指名」制度が導入される。これは実質的に「ドラフト潰し」だった。球団が選手と申し合わせて逆指名をさせることで、球団の意のままに選手を獲得することが可能になった。

これ以降、巨人など有力球団は実質的に自由に選手を獲得できるようになった。「逆指名」は「自由獲得枠」「希望入団枠」と名前を変えて2007年まで続くことになる。

しかし、実質的な選手獲得の自由競争化は、裏金の発覚や、選手に対する「栄養費」の提供など、スポーツにふさわしからぬスキャンダルを世間に振りまくことになる。これにともなって経営陣やフロントが辞職したり、球団のドラフト指名権が剝奪されたりした。モラルハザードが長く続いたのだ。

こうした騒動から見えてくるのは、何よりも自球団の利益を優先させるプロ球団の体質だ。野球界全体が発展してこそ球団の繁栄もあるはずだが、そうは思わず、自軍の目先の利益に汲々とする。それはプロ野球草創期から今に至るまで変わっていない。

一般的な業界では、業界団体の会合で、経営トップが自社の利益ばかりを主張することはありえないが、野球界では「そんな制度を導入すれば、うちが損をする」と平然ということがまかり通っている。古くからのこの体質が「共存共栄」の妨げになっている。

1993年、NPBはFA(フリーエージェント制度)を導入した。これは一定年限、チームに在籍し試合に出場した選手は、所属する球団も含めリーグの全球団と自由に交渉する権利を得るというものだ。

FA制度はMLBで1976年に導入された。MLBのFAは、ドラフト制度を補完するシステムになった。完全ウェーバー制で選択権なしに入団した選手が、年数を経て実力を蓄えれば自由に球団を選択できるようになるからだ。

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