現代の科学者には、どんな教養が必要か? 山折哲雄×鷲田清一(その3)

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信頼できる科学者の条件

鷲田:先生が2番目におっしゃった自然科学的な専門について言うと、トップクラスの科学者というのは、これまでの知見を一歩超える、かっこよく言えばパラダイムシフトが起こるぐらいの科学革命的なものを発見します。多くの普通の科学者たちは、そこまでいかなくても、自分の専門領域の中でまだ発見されてないものを見つけ出します。

鷲田清一(わしだ・きよかず)
哲学者
1949年生まれ。京都大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科哲学専攻博士課程修了。関西大学、大阪大学で教授職を務め、現在は大谷大学教授。前大阪大学総長、大阪大学名誉教授。専攻は哲学・倫理学。『京都の平熱――哲学者の都市案内』『<ひと>の現象学』など著書多数

それを私流に言い換えると、要するに科学というのは、限界の知恵だと思っているのです。つまり、科学のいちばん大事なことは、「何かを発見する」ことでもありますれども、同時に「まだ何がわかっていないのか」「まだ何が解明できていないのか」あるいは「われわれは科学をどこまでしか知らないのか」という限界を知ることが、科学者としての最低限の能力というか、識見だと思います。

でも今は、その識見が科学者になくなってきています。特に自然科学系や工学系では専門分野がものすごく細分化してきていて、生命科学にしろ、免疫学にしろ、自分たちのやっている研究が、生命全体の中でどういう位置づけにあるのかが、わからなくなってきている。生命全体で見たときに、「自分たちはたったこれだけしか知らないのだ」という識見を持てていないことが、科学者に教養がないことの意味ではないかと思います。

いくら細かいことをやっていても、これが現在の知の全体の中でどういう位置にあるかを理解し、わからない領域がまだまだあるという限界の認識を持てるということが、ちゃんと教養があり、信頼できる科学者の条件なのではないかというのが、私の考えです。

山折:もう40年ぐらい前かな。あるロケットを開発する分野の学者と対談させていただいたときに、彼が今も忘れられないことを言われた。彼は「技術の世界にとって不可能と言う言葉はありません。技術の辞書に不可能という言葉はありません。すべて可能にできる」と言ったんですよ。

鷲田:まさに教養のない……。

山折:その方は、科学の分野では不可能の世界があると言っておられたから、科学者として見識のある方ではあると思いますけれども、しかし、技術の世界に果たして不可能は存在しないのか、という問題は残るんですよ。

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