マラウィ「イスラム過激派掃討」の恐ろしい話 ミンダナオ島現地取材でわかった市民の犠牲

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マラウィの事件に関して「中東につながるIS系勢力が東南アジア展開を企て、ミンダナオ島を拠点化すべく攻勢に出た」という説明は、わかりやすくてインパクトがあるが、筆者は少し違うのではないかと考える。ことさら「IS系」とあおるのはプロパガンダに加担することにほかならない。

最近のイスラム過激派の動向は、アルカイダが提唱した「グローバルジハード」(世界的規模の戦い)が基調にあるとされ、ISに忠誠を誓う組織が各地で増殖した。指揮命令系統があるわけではなく、互いに関係のない集団や個人が「イスラム国」の名前やシンボル(黒い旗など)を用いることで、ISが組織的に拡大しているかのように見える仕組みで、イスラム研究の専門家は「フランチャイズ化」と呼んでいる。

“あやかり商法”の不法集団

政府軍の主力が撤収したマラウィ市街をパトロールする部隊(筆者撮影)

マラウィの事件を引き起こした両派は、この典型といえるだろう。「イスラム国家建設」をうたってはいるが、そのような大義も実力もなく、いうなれば「“あやかり商法”の不法集団が分不相応な騒ぎを起こしてしまった」というのが、より実態に即した見方ではないかと思う。

もちろん、ミンダナオ島あるいはフィリピンがイスラム過激思想の浸透の危機に直面しているのは間違いなく、それを過小評価する気はない。世界共通の現象として、インターネットを通じたプロパガンダに共鳴する若いイスラム教徒は当地にも一定数存在し、バンサモロのある男子大学生は取材に対して「学生の3割が過激思想に興味を持っている。リクルーターが大学まで来て高額の報酬で勧誘している」と証言した。現場から逃亡した戦闘員も相当数おり、厳重警戒を要するのは言うまでもない。

とはいえ、マラウィの現場を歩いて感じたのは、「イスラムの大義」「テロとの戦い」といった単純かつ勇ましいストーリーではなく、もっと物悲しく救いのない“ミンダナオの闇”だった。戦闘終結をもって一件落着ではなく、貧困と暴力、違法薬物や銃器の蔓延、脆弱な法秩序といった本質的問題の根は極めて深い。マラウィは瞬時、世界から注目され、たちまち忘れられつつある。今後の検証の過程で、事件にまつわるさまざまな事実が明らかになり、あるいは葬り去られることだろう。

中坪 央暁 ジャーナリスト

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なかつぼ ひろあき / Hiroaki Nakatsubo

毎日新聞ジャカルタ特派員、編集デスクを経て、国際協力分野の専門ジャーナリストとして南スーダン、ウガンダ北部、フィリピン・ミンダナオ島、ミャンマーのロヒンギャ問題など紛争・難民・平和構築の現地取材を続ける。このほか東ティモール独立、インドネシア・アチェ紛争、アフガニスタン紛争などをカバーし、オーストラリアの先住民アボリジニの村で暮らした経験もある。新聞や月刊総合誌、経済専門誌など執筆多数。

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