140年続く刃物老舗が直面した「中国リスク」 旧正月前は「土産用」に商品の盗難が相次ぐ

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ただ、一貫製造となると従来の加工作業とは勝手が違うことから、刃物製造の経験がある生産者を探す必要があった。中国の『三国志演義』には「青龍偃月刀(せいりゅうえんげつとう)」が出てくるのだからどこかで刃物を作っているはずだと思って聞いて回ると、「陽江(ヤンジャン)」だという。ところが、深圳と同じ広東省にあるにもかかわらず、10時間以上もかかってようやくたどり着き、なんとか生産者を見つけて1996年に工場を建設した。

技術やデザインを現地スタッフに教え生産は軌道に乗ったが、トラブルは絶えなかった。地方政府から理不尽な罰金や賄賂を要求され、それを断ると材料の輸入が止められるなど、日本では考えられないような問題が相次いで起きた。「そのたびに悩み、学び、スタッフと努力して助けられて、今日がある。生産が軌道に乗ったことで中国人パートナーにも感謝された」と渡邉社長は振り返る。

自社製品事業は社長夫人のパン教室がきっかけに

三星刃物の主力事業はOEMだが、有力メーカーからの受注を狙っても価格差で他国の企業に取られてしまうことも多かった。そこで、メーカーとしての生き残りを懸け2011年に始めたのが自社ブランド包丁「和NAGOMI」シリーズの製造販売だ。同事業に踏み切ったのは、「妻が開いているパン教室で、生徒さんに『なぜ三星ブランド製品を勧められないのか』と聞かれたこともきっかけになった」(渡邉社長)といい、意外なところから背中を押された形だ。

「刃物の町」関市で1873年に創業。戦前から海外進出を進めるなど、時代を先取りしてきた(写真:三星刃物)

現在は自社ブランドで家庭用の三徳包丁からパン切り、ケーキナイフまで幅広く展開。デザイン、バランス、使い心地や切れ味、メンテナンス、置き方に140年間の歴史の中で培った技術を生かし、一本一本、職人が手造りしている。新聞や紙やすりで研ぐだけで切れ味が戻るのも特徴だ。

フランスで活躍する著名な日本人シェフもその仕上がりを絶賛するなど、一流シェフたちにもたいへん高い評価を受けている。「自分たちが心を込めて作った製品に対するお褒めの言葉をいただくことで、弊社のスタッフも『ものづくり』の喜びを感じることができている」(渡邉社長)と、OEMにはない喜びもあるようだ。

自社ブランド製品の売り上げは、全体に占める割合とすればまだ決して大きくはない。ただ、三星ブランド製品を使う料理人や主婦が国内外で増えれば、より「ものづくり」の喜びが得られ、さらなるよい製品が出てくるという好循環が生まれるかもしれない。

猿渡 映一 帝国データバンク 名古屋支店情報部

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さわたり えいいち / Eiichi Sawatari

1975年生まれ。証券会社での勤務を経て2013年に入社し現職。名古屋生まれ・名古屋育ちの特性を生かした地域経済の分析や業界動向のレポート、経営者インタビューを手がける。

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