オーストリア、31歳首相がEUへ要求すること 自由党が連立入り、排外主義で東欧へ再接近

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オーストリアでは首相と閣僚の任命権は国家元首である大統領が持つ。大統領は選挙で第一党になった政党の党首に組閣を要請するのが通例で、国民党のクルツ党首が他党との連立協議を主導する。第2次大戦後に21回あった過去の議会選では、投開票日から政権発足までに最短で23日、最長で129日、平均で62日を要している。

2016年の大統領選の決選投票で自由党のホッファー候補を破って就任したファン・デア・ベレン大統領は、緑の党出身の親EU派として知られている。自由党は移民政策を取りまとめる内務省ポストなどを要求している。大統領は選挙結果や連立協議を尊重しなければならないとされ、自由党の閣僚候補の任命を拒否できるかは法律家の間でも見解が分かれている。

2016年の大統領選時に自由党は、トルコがEUに加盟する場合、オーストリアのEU離脱の是非を問う国民投票を実施すると主張していた。最近はEU離脱論を前面に出すことはなくなったが、フランスの国民戦線やオランダの自由党など、欧州各地の反体制派政党と姉妹関係にあり、過去にEUに懐疑的な発言を繰り返してきた自由党の連立入りを不安視する声は根強い。

自由党はロシアのプーチン大統領が率いる与党・統一ロシアと提携関係を結んでおり、自由党の連立入りによるオーストリアのロシア接近を不安視する声もある。EUはウクライナ情勢をめぐって対ロシア制裁を続けており、ロシアは制裁解除に向けた働きかけを強める可能性がある。

親EUだが、難民政策では厳しい要求を突き付ける

次期首相の座に最も近いクルツ氏は現在31歳。歯切れのよい演説とそのイケメンぶりにも注目が集まっている。39歳でフランスの大統領に就任したマクロン氏よりも、さらに一回り若いリーダーがヨーロッパに誕生する。

国民党の青年組織で頭角を現したクルツ氏は、ウィーン市議会や内務省の移民統合事務局長を経て、2013年の前回議会選で全議員の中で最多票を獲得して初当選。初当選と同時に同国史上最年少の27歳で外相に就任し、2015年の難民危機時に国境管理の強化などを主導した。

今年6月に国民党の党首に就任し、世論調査で3番手に低迷していた国民党を勝利に導いた。EUの域外国境管理の強化、不法移民の取り締まり強化、イスラム過激派対策の強化などを訴えている。国民党は親EU政党として知られるが、クルツ首相のリーダーシップと自由党との連立協力の下で、とりわけ移民・難民問題ではEUに厳しい要求を突き付けていくことが予想される。EUの難民危機対応に批判的なハンガリーやポーランドに同調することも考えられる。

オーストリアのEU離脱やEUとの全面対決は想定されないが、オーストリアの東ヨーロッパへの再接近はヨーロッパの分断を象徴するものだ。

田中 理 第一生命経済研究所 主席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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