クマに襲われた人は、すべて自己責任なのか 人とクマとの軋轢、その歴史は長い

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インタビューを読んでいて特に辛かったのは、2009年9月、北アルプス・乗鞍岳の駐車場で起こった事故である。

被害者の男性は「助けてー」という悲鳴を聞いて現場に駆けつけ、倒れていた女性の背中にのしかかるクマの鼻を杖で殴りつけた。女性を助けたい一心だった。次の瞬間、クマは驚くべき速さで立ち上がり、男性の頭部へ前脚をふりおろした。「その一撃で右目がぽろっと落っこっちゃって、上の歯もなくなりました」

クマはその後も男性を助けようとした山小屋のオーナーや従業員らを襲い、さらに大勢の人が避難していたバスターミナルに侵入、最終的に10人もが負傷する惨事となった。

信じ難いのが、この日は3連休の土曜日で、男性とクマの周りを30~50人もが取り囲んでいたという事実である。大勢の人がいる駐車場のような開けた場所で、なぜ? 

その調査結果は本書を読んでいただきたいが、いたたまれないのは、女性を助けて負傷した男性の受けた被害が、クマによる傷だけではなかったことだ。新聞やテレビの多くが「男性がクマを刺激したため、次々に人が襲われた」というニュアンスで事故を報道したのである。人を助けて目も手足も不自由になり、そのうえ悪者にされたのでは、あんまりだ。

「こんなところで?」

ほかにも、東京近郊の登山者で賑わう山頂直下など「え? こんなところで?」というケースが多い。鹿角の事故現場近くでクマを竹槍で撃退した人へのインタビューでは、掲載されている地図を見てぎょっとした。宿泊施設や店舗の立ち並ぶ観光地から、5kmほどしか離れていない。

この鹿角の事故は、タケノコ採りで山に入った人たちが連続して襲われた。事故のあった場所には、絶対に近づいてはいけない。それは間違いないのだが……。

年の半分が雪に埋まっているような地域にあって、山の恵みは貴重な収入源かもしれないし、山菜採りやきのこ狩りは、都会の人が「きのこなんてスーパーで買えば」と思うのとは別次元の、子どもの頃から全身で覚えた本能に近い喜びがあるのでは――と想像してしまうのだ。

だが、もし事故が起きたら、クマも殺されることになる。インタビューを受けた人たちが、「自分たちがクマのテリトリーに入り込んでいったのだから仕方がない」と言っているのも印象的だ。

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