商社マン&芥川賞作家、二足のわらじの履き方

純文学者・磯﨑憲一郎氏の好き嫌い(上)

 本格的な評伝や自身による回想録を別にすれば、経営者の好き嫌いは外部からは、なかなかわからない。その人の「好き嫌い」に焦点を絞って経営者の方々と話をしてみようというのがこの対談の趣旨である。この企画の背後にある期待は3つある。
 第1に、「好きこそ物の上手なれ」。優れた経営者やリーダーは、何ゆえ成果を出しているのか。いろいろな理由があるだろうが、その中核には「自分が好きなことをやっている」もしくは「自分が好きなやり方でやっている」ということがあるはずだ。これが、多くの経営者を観察してきた僕の私見である。
 第2に、戦略における直観の重要性である。優れた経営者を見ていると、重要な戦略的意思決定ほど理屈では割り切れない直観に根差していることが実に多い。直観は「センス」といってもよい。ある人にはあるが、ない人にはまるでない。
 第3に、これは僕の個人的な考えなのだが、好き嫌いについて人の話を聞くのは単純に面白いということがある。人と話して面白いということは、多くの場合、その人の好き嫌いとかかわっているものだ。
 こうした好き嫌いの対話を通じて、戦略や経営を考えるときに避けて通れない直観とその源泉に迫ってみたい。対談の第6回は、小説家の磯﨑憲一郎さんをお招きしてお話を伺った。磯﨑さんは形式的には「代表取締役」という意味での経営者ではないが、大手総合商社で活躍する現役のビジネスリーダーである。その傍らで小説、しかもエンターテインメントや「経済小説」「ビジネス小説」ではなく、ごく芸術的な純文学の小説を書き続けている芥川賞作家でもある。
 もちろん、「好きだから」商社での仕事と並行して小説を書いているはずだ。相当に異質に見えるこの2つの仕事がどのように折り合っているのか。磯﨑さんは、私が以前からこの「好き嫌い対談」で最も話を聞いてみたい人のひとりだった。

42歳で小説家デビュー

楠木:磯﨑憲一郎さんは、総合商社のマネジャーとして仕事をしながら純文学の小説家として芸術活動を続けています。陳腐な表現ですが、俗にいう「二足のわらじ」。聞くところによると「二足のわらじ」という言葉は、そもそも「絶対に不可能なこと」のたとえだそうでして、だとすると、今普通に使われている意味での「二足のわらじ」は誤用ですね。

ただ、磯﨑さんのなさっている商社マン&純文学者というのは、「絶対に不可能」とは言わないけれども、相当に難しいことに見えるので、言葉の本来の意味での「二足のわらじ」なのかもしれません。

しかも、磯﨑さんの場合は、その二足のわらじの「履き方」というか、履くに至った経緯がちょっと変わっている。ほかにも、別の仕事をしながら、執筆活動をしている方はおられます。ただ、そういう方は、もともとが小説家志望で、それでは生計が成り立たないので、たとえば出版社に勤務をしながら小説を書くといったケースが多いように思います。磯﨑さんの仕事は総合商社のバリバリのマネジャーですから、一見すると純文学とまったく無関係に見える。

私は磯﨑さんとはほぼ同い年なのですが、40歳くらいで小説を書き始めたということは、会社に入られた時点では小説家志望ではなかったんですよね。

磯﨑:そうですね。小説家になろうとは、まったく考えていませんでした。

楠木:小説家というのは「好きでやる仕事」の典型ですが、好き嫌いでいうと、小説が好きで、普段からよく読まれていたのですか。

磯﨑:サラリーマンの中では、比較的読んでいるほうかもしれません。ただ、月に何十冊と読むような、文学好きではなかったです。

楠木:それは意外ですね。学生時代はどんなことをされていたのですか。

磯﨑:小説を読み始めたのは、中学生の頃からです。文庫本で、北杜夫さんとか遠藤周作さんの作品を読んでいました。

楠木:そこまでは僕と変わらない。わりと普通ですね。

磯﨑:その後、中学・高校時代は、どっぷりロックに入れ込んでいました。特に、イギリスのロックバンドのレッド・ツェッペリンのファンでした。

楠木:それも同じです。ちょうど今朝も仕事場に行く途中で聴いてきました(笑)。『グッドタイムス、バッドタイムス』。今聴いても最高ですね。

磯﨑:音楽を聞き出した1980年代は、世間的にはニューウェーブがはやっていたのですが、私は、今の言葉で言えば1960~70年代のクラシックロックをよく聞いていました。バンドを組んで、ギターを弾いたりして、高校時代はロックにどっぷりつかっていました。

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