(第4回)再生医療への取り組み(その2)

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●死の谷といわれるもの

 産学連携の推進、国立大学の独立法人化の流れと相呼応して研究シーズの産業化の必要性が強調されはじめた5、6年前に「死の谷」という言葉をよく耳にした。生命科学に限らず基礎研究の発見をビジネス化するためには資金調達、対応するビジネス領域とのマッチングなどが必要である。これが適切に進まずに製品化に非常に時間がかかる、あるいは失敗してしまうことが多いことから、基礎研究と産業化の間には越えられない死の谷がある、といわれているのである。

 創薬、あるいは再生医学の類は比較的目的もはっきりし、特に創薬については産業化へのプロセスや手順も明確になっている。したがって、臨床試験の資金調達などの問題を除けば、何に役に立つのかわからないシーズの産業化に比べれば、道筋がはっきりしているように思われるかもしれない。しかし、基礎研究者にとって成果を臨床に応用するのは想像以上に困難な道のりである。私は、単に成果を論文などで発表し誰かが利用してくれるのを待つだけではなく、少しでも早く研究成果を社会に還元したいと考えているが、例えばマウスの実験成果をヒトの組織や細胞で検証する場合でも、その入手経路からはじまり、臨床応用を最終目的とした実験の具体的なデザインを適切に組むことはなかなか容易ではない。

 一方で、再生医療が一般的な関心をよぶほど実現性の高い領域として発展するにしたがい、倫理問題や安全性が議論された。その結果、様々なルールが整備され、ヒトの研究材料の入手には厳格な倫理規定や手続きが定められた。ガイドラインが整備されるに伴い、提供者の理解を確実に得られる手段が確立し、また実験をする者自身の技術的、倫理的理解と自覚がうながされていることを実感している。このように自他共に納得のいく安全な応用研究に道がひらかれ、再生医学にとっての死の谷は少し浅くなったと感じている。
渡辺すみ子(わたなべ・すみこ)
慶応義塾大学出身。
東京大学医学系研究科で修士、続いて東大医科学研究所新井賢一教授の下で学位取得(1995年)後、新井研究室、米国Palo AltoのDNAX研究所を拠点に血液細胞の増殖分化のシグナル伝達研究に従事。
2000年より神戸再生発生センターとの共同研究プロジェクトを医科学研究所内に立ち上げ網膜発生再生研究をスタート。2001年より新井賢一研究室助教授、2005年より現在の再生基礎医科学寄付研究部門を開始、教授。
本寄付研究部門は医療・研究関連機器メーカーであるトミー、オリエンタル技研に加え、ソフトバンクインベストメント(現SBIホールディングス)が出資。
東大医科研新井賢一前所長(東大名誉教授)、各国研究者と共にアジア・オセアニア地区の分子生物学ネットワークの活動をEMBO(欧州分子生物学機構)の支援をうけて推進。特にアジア地域でのシンポジウムの開催を担当。本年度はカトマンズ(ネパール)で開催の予定。
渡辺すみ子研究室のサイトはこちら
渡辺 すみ子

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