教養をめぐる、経済界トップの勘違い 山折哲雄×鷲田清一(その2)

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フランスではなぜ哲学が必修なのか

鷲田:もうひとつ面白い話をしますね。

1980年代に、フランスの高校で哲学の勉強をどういうふうにやっているかを調べたのですが、文系の大学に進む子は週8時間哲学の授業を受けていました。フランスには、ずばり哲学という名前の授業があります。

山折:それはリセ(フランスの後期中等教育機関。日本の高校に相当)の話ですね。

鷲田:はい、リセの最終学年です。週8時間ですよ。理系の大学に行く生徒でも、週3時間哲学が必修になっていました。

当時の政府が、一度、哲学の授業を選択化しようとしたのですが、哲学者を中心に猛反対が起きて撤回させられたそうです。今でもリセでは哲学の授業が必修で、高校でも分厚いテキストを使っています。

そして、フランス国立行政学院(ENA)という、高級官僚や政治家のほとんどが出ている大学院があるのですが、その卒業条件の中には、哲学論文の執筆が含まれていると言われます。

一度、フランス人の知り合いに「なんで高級官僚や政治家になるのに、哲学の論文を課しているのですか」と質問したら、相手はなんでそんなことを聞くのかという顔をして、こう答えてくれました。

「政治家の仕事というのは、少しでも多くの人が幸福感を持てるようなよい社会を作ることにある。社会がよいというのはどういうことか、人にとって幸福とは何か、についての定見を持っていない人間が政治家になったら、大変なことになってしまう」

あまりにも当たり前のことを言われて、質問した自分が恥ずかしくなってしまいました。

山折:それは、そのとおりですな。

鷲田:あまりにもそのとおりでしょう。哲人王とかそういう話ではなくて、まさにシトワイアンとして教養。

山折:その教養の基礎となるものを考え続けると、その考えたことを文章化、表現する力は、哲学の最も大事なベースでしょうね。

鷲田:日本の高校「倫理」社会の授業でも、世界の4大文化や孔子やイエスやソクラテスを取り上げますが、それぞれの地域の思想史といったかたちで、その教説をじっくり知識を考えさせ、教えるわけではありません。

ところが、フランスの哲学の授業には問題集があって、「心と体の関係は?」「人は絶対嘘ついたらいけないか」といった、問いのバリエーションがたくさんあります。そして、その問題集に資料集が付いていて、「この問いに関してデカルトはこう言っている」というふうに、古典も同時に勉強できるようになっています。そういう意味では、日本よりもはるかにましな知識の教育もやっています。

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