経済全体が映画のようにバーチャル化しつつある−−押井守 アニメーション・実写映画監督

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--最近の若手には優秀なアニメーターはいますか。

優秀な人はいるのでしょうが、僕が必要とするレベルでの優秀さとは違います。僕が求めているレベルはうまく動かすとか、うまい絵を描くとかいうことではなく、それ以上のものだから。

つまりアニメーターも演出家でなければいけない。分担を引き受けるだけではなくて、自分が担当しているプロセスの向こう側まで想像できなければダメ。アニメーターと呼ばれている人間は線を描いているわけで、色に関しては考えていない。これは何色なんだと思って描いている人はほとんどいないですよ。理想を言えば、映画のあらゆるプロセスにかかわっている人間すべてが最終的な場面を想像しえて、「こういう世界なんだ」とか、「こういう場面になるんだ」と考えながら仕事をしてくれればよいが、そういう人は少ない。完成品を見てから「こうだったのか」と気づくのでは遅すぎる。

--優秀な若手が少ない理由は?

人間は任されないといい仕事をしないから。仕事を任せるという意味で言えば、今のアニメ業界に仕事は膨大にある。しかし、それで若手をどんどん抜擢して丸投げしたところで、結果が出なかったということなんでしょうね。つまり丸投げされたものを受け止めて、自分で答えを出せる人間というのは、そう多くないんですよ。

最近の若者気質も関係ありますね。みんな可能なかぎり一人でやろうとしている。彼らは仕事の結果ではなく、達成感を求めている。結果は出せなくても精いっぱいやったならそれでいいと思っている。でもそれは間違い。結果を出すためには人間関係が煩わしくても、他人と協力し合って、他人に任せられることは任せないと。

さらに言うと、若手の仕事を適正に評価できる人間も多くない。仕事って、やはり評価するシステムがなければ機能しないですから。評価して判断をする。そのことに特化した人間が少ないことは確かです。

--一般的なビジネス現場でも当てはまりそうです。

そうですか(笑)。実は僕も、もしかしたら映画という特殊な世界の話ではなくて、ビジネス全般に関して一般化できる部分があるんじゃないかと思っていたんですよ。どんな仕事であっても、結局、人間と人間が組むのが仕事だから。上司がいて、部下がいて、どんな仕事でもそれは変わらないと思う。

--経済産業省はアニメ産業の育成に力を入れています。

結論から言ってしまうと、不可能です。アニメーションのスタッフというものは、要するに宮大工のようなものですよ。宮大工を志した若者が師匠についてかんながけから始めて、あるときから柱を任され、20~30年経ってやっと一人前になる。その過程で、最初100人いたとしたら、98人までは到達できない。アニメーションが大好きだという人間は増えているけれども、好きだからこそ、早くて3カ月で辞めちゃう。アニメの現場というところは宿命的にそうです。ある種の人間以外には耐えられない。厳しい現場に耐えるだけの特性を持った人間は増えていない。

ではどうしたらその耐えられる人間を増やせるかですが、僕に言わせると、増やせるわけがない。たとえば音楽の世界がそう。これだけ大量需要があっても、優れた才能は一定数しか出てこない。

日本が本当にアニメ産業を育てたいなら、日本中の映像感覚に優れ、手先が器用な人間を全員母集団にしないかぎり、優秀なアニメーターを大量に生み出すことはできない。それはどの国にもできなかった。韓国や中国はそれをやろうとした、特に韓国は頑張りましたよ。あらゆる大学にアニメ学科や漫画学科を作った。それで何が生まれたかです。ほとんど何一つ生まれていない。

--世界で勝負できるアニメはまだ少ないですね。

無理なんですよ。優れた職人を、国とか政府とかがトップダウンで生み出すという発想自体がダメ。民間でしかできないんです。

できることは、優れた人間をいかにサポートするかで、それなら可能です。助成金もバラまくのではなくて、優秀な仕事をしている現場に大量に集中的に投入するべき。そのほうがよほど経済効果は高い。一定の環境が整えば、優れた才能を効率よく回すことは可能です。だけど、そうでないところにいくらバラまいても消えるだけ。無駄な道路を造ったりすることと同じです。

--若手が育たない中で、政府のアニメ産業育成も期待できない。

今第一線で活躍しているアニメーターの多くは40歳代以上で、あと10年もすれば引退してしまう。間違いなく日本のアニメのクオリティは下がっているし、これからどんどん下がっていきますよ。もうダメです。

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