「有楽町高架下センター商店会」で見た景色 暗がりに残る、盛り場の熱

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現在は、東京駅近くにある「谷ラーメン」。ラーメンも旨いが、親父さんの昔話がまたいい(撮影:フリート横田)

同じく、かつてセンター内にあったのが「谷ラーメン」だ。「うちは外濠の川っぷちの読売新聞本社の前で自転車屋やってたんだけど、埋め立てることになって、昭和31年に国鉄の高架下に来たの。それで途中から (昭和42年)ラーメン屋にしたんだよ」と店主の谷吉和さんは笑う。

センター内のアーチの1つに、数店の飲食店が並び共同便所もついた「丸三横丁」なる極小アーチ内横丁があり、「谷ラーメン」もここにあった。かつては移転前の都庁施設が高架下センターを挟むように立ち並び、高架下では都庁の職員が大勢行き来していた。

「昔は都庁の人がよく来てくれたよ。 部局ごとにだいたい行く店が決まっててね。隣の店のばあさんの葬式は水道局の人が仕切ったりしたんだよ」

一般的な店と客との関係よりもずいぶんと濃密な人付き合いがあったようだ。古びてすすけたアーチ内の色味は誠に心惹かれるものがあったが、惜しくも昨夏、件の工事のために閉鎖されている(なお、谷ラーメンは東京駅に近づいた高架下で店を再開している。懐かしの“アッサリ醬油ラーメン”をぜひご賞味あれ)。

メニューがなく、勝手になにか出してくれる

今もセンター内で営業している「ミルクワンタン 鳥藤」。女将さんは傘寿を超えておられるが、毎夜店に立つ(撮影:フリート横田)

多くの店がセンター内から姿を消してしまったなか、今も営業を続けている店がある。それが「ミルクワンタン 鳥藤」だ。この店も「すし横」からの移転組である。「新聞社のお客さんが多かったわね」。女将の藤波須磨子さんが言うように、かつて有楽町駅周辺には、朝日、読売、毎日の新聞3社の社屋があった。店内には記者が手作りした「すし横」の見取り図や、カメラマンが撮った当時の写真も飾られている。

この店、メニューがない。座ってビールかなにか飲み物をお願いすれば、あとは和え物や焼き物、煮物などなど女将さんが勝手に出してくれる。最後のシメがミルクワンタンなのだ。ホルモン(後に鶏肉に変更)や野菜を牛乳で煮込んだこの料理は、戦後、人々に滋養をつけさせようと女将さんの祖父が考案した。1杯やったあとにこれをすすれば、なんともあったかい気持ちで帰路につける。

工事のためにだいぶ寂しくなった高架下センターだが、こうして“ヤミ市 酒場”以来の料理にもありつけるし、 おやじさんや女将さんたちにも会える。薄暗い高架下の暗がりには、戦後の盛り場の熱がまだ、残っている気がしてならない。

フリート横田 文筆家・路地徘徊家

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ふりーと よこた / Fleet Yokota

出版社勤務を経て、タウン誌の編集長、街歩き系ムックや雑誌の企画・編集を多数経験。独立後は編集集団「フリート」の代表取締役を務める。戦後から高度経済成長期の街並み、路地、酒場、古老の昔話を求め徘徊。著書に『東京ノスタルジック百景』など。ツイッター@fleetyokota

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