ハイテク時代に必要な国際的な金融規制とは−−ケネス・ロゴフ ハーバード大学教授

拡大
縮小

1980年代初めに金融エンジニアたちが、値下がりリスクを管理するためヘッジ戦略の一つである「ポートフォリオ・インシュランス」を発明した。彼らは、それによって巨額の利益を得た。だが87年10月の世界同時株安のとき、ヘッジ市場が崩壊し、この手法は役に立たないことが明らかになった。

90年代末、米国のヘッジファンドの代表的企業ロングターム・キャピタル・マネジメント(LTCM)社は、同社の二人のパートナーはノーベル経済学賞を受賞した金融の天才であると言い、顧客を納得させていた。しばらくの間、同社は他社を上回る利益を計上した。しかし、アジア金融危機の影響で98年にLTCMが破綻したとき、同社は巨額の借り入れと大きなリスクを負って単に巨額の債券取引をしていただけであることが明らかになった。

政府の金融市場規制が成功するカギは、ブームのときに適切な規制を課し、納税者の資金が危機にさらされるのを阻止できるかどうかにある。残念ながら、それは困難な仕事である。なぜなら、ブームのときにリスクに警鐘を鳴らす人は、破滅論者のように見られるからである。だから時には政府が金融機関を倒産させることが重要になる。それが株や債券の保有者、企業経営者に現実的な規律を課す唯一の方法なのである。

では、現在の金融至上主義の時代は終わったのであろうか。ヘッジファンドと投資銀行を含む金融システム全体にもっと厳格な規制を課す時代が到来したという議論が、米国をはじめ各国で行われている。金融機関は反対しているが、広範かつ妥当な規制を課すことは悪いことではない。私がカーマン・レインハート教授と共同で国際金融危機について行った研究で、厳しい金融規制が課せられていた時代は、現在の金融至上主義の時代のように規制が緩和され自由に競争ができる時代よりも金融危機が起こる可能性はずっと少ないことが明らかになった。

50年代の“金融抑圧の時代”に戻るべきだと言っている人はいない。しかし、国際的な金融規制の改革が必要であることに疑問の余地はない。金融イノベーションは今後も引き続き行われるべきであるが、チェック・アンド・バランスが必要である。そうでないと、不景気時には銀行を救済するために国民が負担を強いられ、その一方で好況のときに裕福な株主が巨額の利益を得ることになる。金融至上主義に謙虚さと常識を自覚させるときである。

ケネス・ロゴフ
1953年生まれ。80年マサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得。99年よりハーバード大学経済学部教授。国際金融分野の権威。2001~03年までIMFの経済担当顧問兼調査局長を務めた。チェスの天才としても名を馳せる。

関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
日本の「パワー半導体」に一石投じる新会社の誕生
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT