田中角栄×周恩来「尖閣密約」はあったのか 日中問題は45年前の智慧に学べ

拡大
縮小

日本人戦犯の処遇と日中国交正常化交渉時の周恩来の言動は、底流で通じているものがあるように見える。周恩来には、戦争中の賠償や戦犯を訴追することよりも、日本との国交を回復し文化的、経済的に交流を深めることが、中国の発展にとってより重要であるという未来志向の戦略眼があった。

周恩来は、優れた大局観を持った希有な政治家のひとりだったといえよう。対する田中角栄もビジョンのある政治家だった。日中の国交回復の道筋に、こうした優れた政治家がいたことは両国にとって幸運だった。

では、日中の未来は、どのような政治家が鍵を握るのだろうか。周・田中会談に立ち戻り、さらに鈴木・鄧会談の「共同開発」へ道筋をつける叡智(えいち)と決断力と行動力のある政治家の登場が望まれてならない。

戦争を起こさない智慧を歴史から学べ

ほんの小さな小競り合いからでも、全面戦争に至ることがある。

もし、尖閣諸島周辺で日中衝突となったら、はたして国民は冷静でいられるだろうか。世論の後押しを受ければ事態はエスカレートする。そうなればもはや小競り合いでは済まなくなる。全面戦争に至る可能性は否定できないだろう。

こうした想像が根も葉もない妄言と一蹴されるなら、そのほうがよい。だが、武力衝突が起きれば、それが小規模であっても国民の間にある反感や得体の知れない恐怖は、明確な敵愾心(てきがいしん)に変わり、攻撃的な感情がむき出しになるのではないか。おそらくそうなるだろう。

領土主権がどちらにあるかは戦争をしなければ解決しない。これは古今の戦争の多くが国境紛争から始まったことからもわかる。

領土であれ、権益であれ、それは国民を豊かにする手段である。しかし、領土に関しては、国民の間で合理的な思考が止まりがちだ。現代の戦争で利益を得ることはない。戦争は勝っても損、負ければ大損である。

われわれは、尖閣諸島の領有権にあえて白黒をつけず、棚上げとしたまま国交を回復させた日本と中国の先輩たちの智慧(ちえ)に学ぶべきだ。それが、45年前に日中の国交が正常化した今日9月29日に、私が言いたいことである。

丹羽 宇一郎 日本中国友好協会会長

著者をフォローすると、最新記事をメールでお知らせします。右上のボタンからフォローください。

にわ ういちろう / Uichiro Niwa

1939年愛知県生まれ。名古屋大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に入社。同社社長、会長、内閣府経済財政諮問会議議員、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画WFP協会会長などを歴任し、2010年に民間出身では初の中国大使に就任。現在、公益社団法人日本中国友好協会会長、一般社団法人グローバルビジネス学会名誉会長、福井県立大学客員教授、伊藤忠商事名誉理事。著書に、『丹羽宇一郎 戦争の大問題』東洋経済新報社、『人間の器』幻冬舎、『会社がなくなる!』講談社など多数。

この著者の記事一覧はこちら
関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT