世界的水不足で注目の海水淡水化事業 真水を作り出す「膜」技術 世界トップを競う東洋紡

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 高成長の中東を重視 上水・廃水処理向けも

「結局ユーザーは、どれだけ安い水が出てくるかが最大の関心事。そのニーズと自社の逆浸透膜がうまく結合した」と藤原部長は話す。明確なデータは公表されていないが、約20%のコスト減という試算を基にすれば、消費者のメリットは大きい。

 海水淡水化向けの逆浸透膜は大きく、ポリアミド系膜を利用した「スパイラル型」と、東洋紡のようなCTA素材の中空糸膜の2種類がある。スパイラル型とは、シート状の逆浸透膜をのり巻きのように重ねてモジュール化したもの。塩水から真水を取り出す際には、70~80気圧もの圧力を加えるが、その高圧に耐えられるのは東洋紡の膜。だからこそ、他社では取水率40%のところを60%にまで引き上げることができる。

さらに重要なのが、メンテナンスの容易さだ。

紅海やアラビア海のような、中東地域の海水は塩分濃度が高く、海中の微生物も多い。そのため、取水中にこの微生物が膜に目詰まりして繁殖、結果、水が出なくなるうえ、膜が破損する事態まで起きてしまう。そのため海水淡水化プラントでは、膜の洗浄がどれだけ簡単かということも決め手になる。

スパイラル型の場合、その構造上、立体的に汚れや微生物が積み重なり目詰まりを起こしやすい。また、洗浄剤として一般的な塩素への耐久性が弱く、塩素より高価な酵素を使った洗浄に頼らざるをえない。また、1回の洗浄で2日ほどかかり、洗浄までの期間も含め、プラントの一部がつねに停止しているのが普通だ。

一方、中空糸は塩素洗浄に十分に耐えられる素材であることに加え、モジュール自体も洗浄が容易なため、プラントを止める必要がない。結果、高い稼働率が可能となり、耐用年数も長い。そのため、「他社の逆浸透膜からの乗り換え受注も発生している」(藤原部長)という。

原油高を背景に、急速な経済発展を続ける中東では、人口増も重なり、これまで以上の多量の水が必要とされている。海水淡水化プラントの建設計画も相次いでおり、東洋紡は今後も「中東重視」のスタンスだ。

将来的に、中東地域での造水量は日量300万立方メートルが計画されており、豪州や中国、北アフリカなど水不足に悩む地域の中でもひときわ需要が見込まれている。一方、同地域での東洋紡の造水量は、09年3月期に80万立方メートル超。「まだまだ市場開拓の余地はある」(栗田和夫取締役執行役員)と強気だ。ただ、それには「モジュール自体のコスト低減やさらなる省エネを追求していく必要がある」(藤原部長)と課題も残る。

東洋紡は、海水淡水化プラント向けなどの「アクア膜」を、育成事業として位置づけている。得意の中空糸膜を武器に、上水市場や排水再利用市場もすでに有望な射程圏内に収めている。現在、これら機能膜の売上高は100億円強。これを10年3月期から13年3月期ごろには年商200億円へ倍増させる計画だ。その技術と中東での実績を引っ提げ、どれだけの市場を獲得していけるか。世界各地で水不足の深刻化が伝えられているだけに、東洋紡としても力量を発揮すべきときだ。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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