日本人の大半が知らない「脳性麻痺」の真実 発生数を減らした補償制度の成果と残る課題

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柴有加さんは、典型的な「分娩にかかわる脳性マヒ」のケースで、救済の対象として認められた。長男の樂空(がく)くんは、出産中に理由がわからない急激な心拍数低下があり、緊急帝王切開で出産したが脳に重い障害が残った。

有加さんは、産科医療補償制度にはとても助けられたという。賠償金では、樂空くんをバギーごと乗せてリハビリなどに連れていける大きめの車を購入した。

報告書で問題のない医療だったと確認することができた

原因分析報告書でも、自分たちが受けた医療は第三者から見て問題のない医療だったと確認することができた。もともと有加さんは、出産した施設については「あの病院だったから、樂空は命を助けてもらえた」と感じていた。次の子どもをお腹に宿したとき、有加さんは、ためらうことなく、親切だった同じ病院で出産することを選んだ。

新生児治療室で頑張っていた頃の樂空くん(写真提供:柴有加さん)

その樂空くんは、今はいない。3歳でその短い生涯を閉じた樂空くんのことを話すと、有加さんは今も涙目になってしまう。でも樂空くんとの日々は「幸せ」だったと有加さんは言う。たくさんの人に支えられているという、温かさを感じ続けていたからだ。

「私は本当に恵まれていました」

樂空くんを亡くしているのに、インタビューの最中、有加さんは何度もそう言った。それは、納得できない思いを抱え込む人も多いことを知ったうえでの言葉だった。

子どもを持つということは、大変な決断だ。命には、何が起きるかまったくわからないからだ。でも、何かが起きてしまった家族の支え方は、社会が変えることができる。支援が約束されていることは、子どもを持つ勇気につながる。

産科医療補償制度という制度ができたことは本当によかった。特に効果的な再発防止策が打ち出せたことは快挙で、より積極的に進めていけば安全性の向上に大きな期待がかかる。だが、このよい制度の影で、重い脳障害を抱える子どもたちの間に支援の差ができてしまったのは皮肉なことだ。

同じように重い脳障害とともに生きている、すべての家族が救済される仕組みはできないものだろうか。親にとっては、予期せぬ事態の補償は、まだ道半ばである。

河合 蘭 出産ジャーナリスト

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かわい らん / Ran Kawai

出産ジャーナリスト。1959年東京都生まれ。カメラマンとして活動後、1986年より出産に関する執筆活動を開始。東京医科歯科大学、聖路加国際大学大学院等の非常勤講師も務める。著書に『未妊―「産む」と決められない』(NHK出版)、『卵子老化の真実』(文春新書)など多数。2016年『出生前診断』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。

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