戦後アメリカ通貨金融政策の形成 ニューディールから「アコード」へ 須藤功著 ~米国金融の動向考察に多くの有用な示唆

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戦後アメリカ通貨金融政策の形成 ニューディールから「アコード」へ 須藤功著 ~米国金融の動向考察に多くの有用な示唆

評者 東短リサーチ取締役チーフエコノミスト 加藤 出

 現在の米国の金融システムを見ていると、その歴史的経緯を知りたくなる部分が多々出てくる。まず中央銀行制度の形態が複雑かつ特異である。連邦準備制度(Fed)は、12の地区連銀と理事会で構成されている。形式的には中央集権化の程度が弱い。金融監督制度も複雑だ。金融機関の種類、免許根拠(国法か州法か)、加盟制度によって監督当局は多数存在し、しかも入り組んでいる。ポールソン財務長官は今年3月末に制度改革案を発表したが、多くの監督当局、業界団体から猛烈な反発が沸き起こった。

本書はニューディール期から第2次大戦後にかけての米国の通貨金融政策、銀行監督検査体制をめぐる議論に焦点をあてたものである。前世紀半ばまでの分析が中心だが、現代の米国金融制度や今後の動向を考えるうえで有用な示唆が多数含まれている。

本書の業績として最も高く評価されるのは、1940年にワグナー上院議員が実施した「全国銀行通貨政策調査」の回答書を「発掘」した点だろう。「これまで研究者の手に触れられずに文書館等に埋もれていた」と著者は述べている。

回答書によれば、Fed理事会は、通貨金融政策の経済への効果を高めるため、「銀行検査や規制機能を統合し整理する」必要性があると考え、国法銀行と州法銀行の「二元銀行制」の修正を主張した。

一方、それは地域銀行の存亡にかかわると警戒した財務省や州法銀行関係者は激しく反対した。地域にとって必要な金融サービスの議論は現在の日本の地方金融機関をめぐる議論を彷彿とさせる。財務省に公然と反旗をひるがえしながら、法、規制の網をかいくぐって大銀行に急成長したアメリカ銀行とモーゲンソー財務長官との抗争の描写もスリリングである。

1951年3月に財務省とFedは、国債価格維持政策から金融政策を解放する「アコード」を締結している(第7章)。評者も稚拙ながら『バーナンキのFRB』などでアコードの経緯を解説したが、本書ではワグナー委員会調査が、財務省とFedの通貨金融政策をめぐる主導権争いの理論的・政策的起源をなすものだったという興味深い指摘が提示されている。

ところで、経済学者アラン・メルツアーは、今年7月のエッセイで、「戦後の歴史を通じ、Fedは、公衆ではなく、大銀行と議会の利益に反応してきた」とFedを痛烈に批判した。皮肉にも、本書に登場する戦後のFedは「政治的な圧力」と「銀行家の支配」から免れようともがいていたのだが。

実務家にも薦めたい一冊だ。

すとう・いさお
明治大学政治経済学部教授。1955年生まれ。82年横浜国立大学大学院経済学研究科修士課程修了。85年名古屋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学、博士(経済学、名古屋大学)。名古屋大学助手、名古屋工業大学助教授、名古屋市立大学助教授等を経る。

名古屋大学出版会  5985円  346ページ

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