《若手記者・スタンフォード留学記 2》 学歴とコネづくりに奔走する米国エリート学生たち

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 その背景には、日本と違って、「職務給が浸透している」、「入社時に高い専門性が求められる」、「大学院の奨学金が充実している」、「そもそも、学部教育はリベラル・アーツ中心で専門性をつけるのは大学院という前提がある」などの理由があることも確かです。

しかし、それ以上に、コネ作りという極めて重要な意味があります。日本では、あまり利害を前面に押し出して、人脈を開拓していくのは気が引けますが、こちらはコネも実力のうち。コネ社会であるからこそ、MBAや一流大学卒の肩書きが、割の良い投資になるというわけです。

保証があるから、挑戦できる
 
 金融の人気と、盛んな学歴競争のもう一つの理由。それは、リスクヘッジです。アメリカ人の友人いわく、「みんな自分のやりたいことがまだ見つかっていないから、学歴を積み重ねるんだと思う」。

22歳やそこらで、やりたいことが明確な人は少ない。いざ働いてみても、自分が好きだと思っていたことが、実はそんなに好きでもないことに気付くかもしれない。それならば、まずは学歴を高める、もしくは、高い給料をくれて、キャリアの幅を広げてくれる会社に入る--それが最も確実な投資である、というわけです。

とにかく、学歴、コネ、金を積み上げるために汲々とする姿勢には、ちょっと”引く”ものもありますが、その現実主義には学ぶべきものもあります。自分探しにふけって、運よくやりたいことが見つかったとしても、そのとき、相応の学歴やコネや経済力がなければ、それに挑戦することすらできないかもしれないのですから。

ハーバードでMBAを取った人間の多くが、ベンチャーに挑戦するのも、いつでも1000万以上稼げる仕事に帰れるという安心感があるからでしょう。グーグルの創業者2人にも、「起業に失敗しても、またスタンフォードに帰って研究すればいいや」という余裕があったわけです。人間は、人生の最低ラインが見えた方が、大きなリスクに挑戦することができるのでしょう。

以前、上場に成功したベンチャー企業の社長が、「日本での起業は、あまりにも精神的なプレッシャーが大きすぎて、経営者が冷静な経営判断を下せなくなってしまう」としみじみと語っていたことを思い出します。危機のとき必要なのは、火事場のくそ力よりも、むしろ冷静な判断力。「失敗したら自己破産」という危機感よりも、「失敗しても年収1000万」という安心感の方が、経営者の正しい判断を促すのでしょう。

逆説的ですが、「やりたいことをやれ」という勇ましいアドバイスより、「足元を固めろ」という現実的なアドバイスの方が、結果として、リスクに挑戦する人間を増やすことになるのかもしれません。

佐々木 紀彦(ささき・のりひこ)
 1979年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業後、東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2007年9月より休職し、現在、スタンフォード大学大学院修士課程で国際政治経済の勉強に日夜奮闘中。

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