100年前の超花形「製糸企業」の華麗なる転身 1996年に生糸から完全撤退、今の主力は・・・?

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発泡スチロール事業へ参入するにあたっては、繭を保管する繭倉(背景の建物)を有効に活用した(写真:笠原工業)

ドイツの企業が開発した発泡スチロールの製造技術が日本に上陸したのは、1959年のこと。当時のヨーロッパでは、建築用の断熱材として注目されており、笠原工業はここに目をつけたのだ。

製造技術が比較的近いとはいえ、これまでとまったく異なる製品を作ることには当然ながら戸惑いもあったはずだ。生糸を作る場合は、繭から糸を引く「膨らんだものをコンパクトにする」作業が必要だ。しかし、発泡スチロールはその逆で、原料を加熱して膨らませる。生産工程のみならず、市場も物流も、何もかもが違っている。ただ、製糸業の落日の中で、今あるものをなんとか活用して事業転換ができないかと試行錯誤したことが困難を乗り越えるきっかけとなったのではないか。

新建材として、プレハブ住宅に全面採用

こうして1962年、新事業として発泡スチロール製品の製造を開始したところ、「KSフォーム」と名付けられた製品が好評を博した。優れた断熱性を持っているため、冷凍室、冷房車両、保冷庫などの断熱保冷材として適しているのみならず、クッション性・防湿性に優れ軽量であることから、時計・カメラ、化学調味料・贈答分野の包装材にも用いられ、いっきに需要は増大していった。

画期的な建材だとして注目された発泡スチロール(写真:笠原工業)

とりわけ革命的な材料として注目されたのが、建築分野だ。廉価で施工が容易であるという利点もあり、新建材としてプレハブ住宅に全面的に採用されるようになった。

その結果、1963年4月時点で月15トン程度だった生産量は、年内には倍の30トンに増産するほどだった。こうして、製糸業から発泡スチロールへの事業転換は瞬く間に成功し、発泡スチロールは同社の主力事業に成長していった。

事業の展開に伴い、当初ドイツから輸入し、改良して使っていた発泡スチロールの製造機械も自社で生産することにした。いずれ外販できれば1つの柱になると考えたのだ。そこで、1972年には3人の開発者が発泡スチロール成形機の開発に着手。2機種の試作成形機を完成した。試運転と改良を繰り返した後、自社開発の発泡スチロール成形機「PEONY(ピオニ)」が誕生した。PEONYの商標は創業製品である生糸の商標として使われていたものだ。その後、成形機の開発を順次進めるとともに全国の成形機メーカーへの外販も開始。それが、現在の「ピオニシステム事業」につながっていった。

発泡スチロールの特性を活用し、さらに事業は多角化していく。1970年代中ごろ以降、おコメを保管するにあたっての国の方針に変更があった。それまでは、害虫駆除や殺菌のために燻蒸(くんじょう)されたうえで保管されていたおコメだが、国民の食の安全意識の高まりなどから、低温保管へと国の方針が大きく変わった。

笠原工業は、これを勝機ととらえた。発泡スチロールは、前述のように断熱・防湿性に優れた素材であり、夏場のコメの劣化予防には最適だ。そこで同社は、おコメを保管する倉庫の建設に参入し、今や一定の地位を築くまでに発展させたのだ。

笠原工業の笠原賢二社長(筆者撮影)

こうして1996年には製糸業から完全に撤退、さらに、直近の2016年には事業転換の一環として参入していた「光学製品事業」(携帯電話、デジタルカメラやカーナビゲーションなどデジタル関連機器の液晶パネル向け光学機能性フィルムやタッチパネルを生産)からも手を引き、現在は発泡スチロール事業に一本化している。

近年特に力を入れているのは、自動車関連製品の開発だ。省エネ、軽量化、エコな自動車が、発泡プラスチックを有効に活用することによって実現できるという。「地域とのつながりを大事にし、次の100年も次の世代が未来を紡ぐ企業を目指す」。笠原社長のこの言葉に、100年企業の重みを感じた。

紺野 啓二 帝国データバンク仙台支店情報部

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こんの けいじ / Keiji Konno

1963年、福島市生まれ。1987年に同社入社。本社情報部、東京西支店総務部(情報記者)を経て、 2006年10月から現部署。90年代初頭のバブル崩壊から、東日本大震災後まで、26年にわたり情報部門にて企業活動の現場を見てきた。現在は、震災特需収束後の東北経済の行方を追っている。

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