新聞記者→作家になった男が味わったどん底 封印作品の謎に挑みフリーから再び正社員に

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そうして書き上げた『封印作品の謎』は、予定どおり2004年9月に出版され、期待どおりかそれ以上のヒットを記録する。

「でも、印税が振り込まれるまで数カ月かかると後から知って青ざめましたね(笑)」

当面の生活資金は雑誌記事の執筆などでしのぎ、とにもかくにも、ノンフィクション作家としての生活がスタートした。

印税が振り込まれてからは雑誌の仕事はほぼ断り、書き下ろしの単行本の収入のみで食べていくスタイルを基本とした。2005年2月に『封印された『電車男』』、2006年2月に『封印作品の謎2』と太田出版から2冊出し、2008年5月に『封印されたミッキーマウス』、2008年11月に『封印作品の憂鬱』と洋泉社から刊行している。

封印作品シリーズ。2016年から2017年にかけて文庫版も刊行された(写真:村田らむ)

スタートダッシュはよかったものの…

「1年に1冊は出そうと決めていました。企画としては自分で持ちかけたもの(1、2、憂鬱)と、編集部から企画されたもの(電車男、ミッキーマウス)が半々ですね。スタートダッシュがよかったのでそれだけで食べていけるのはありました。ただ、それを超えるヒットは結局出せなかったので、中学高校の成績と同じで、最初はよくてその後が駄目っていういつものパターンに陥った感じですね」

印税収入は発行部数に直結する。第1作を超えるヒットがなく、ほかでも仕事をしないということは、その後の生活資金が右肩下がりしていくことを意味している。それでも新聞や雑誌の連載を引き受けるなどして2007年まではどうにか食べていけたが、2008年に入るといよいよ貯金が底をつき、家賃の支払いが困難に。『封印作品の憂鬱』の印税支払いを前に、住まいを引き払うしかなくなった。

「フリーランスの仕事の仕方としてはあまりよくなかったと思います。本当に自転車操業で持続性がなかった」

産経新聞社を辞めて6年。ノンフィクション作家で食べていくスタイルは、実家に寄生せざるをえなくなって断念するしかなかった。『パチンコがアニメだらけになった理由(わけ)』をどうにか書き上げた後、就職活動を始める。

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