日本は「朝鮮半島」に深入りするべきではない 今後の日韓両国関係の在り方とは?

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──普通の日本人が示した気概も紹介されていますね。

黒田 勝弘(くろだ かつひろ)/1941年生まれ。京都大学経済学部卒業。共同通信社入社後、1978年に韓国・延世大学留学。共同通信ソウル支局長、産経新聞ソウル支局長兼論説委員などを経る。著書に『韓国 反日感情の正体』『韓国人の歴史観』『朝鮮半島 21世紀への深層』など。(撮影:尾形文繁)

韓国人の知り合いから聞いた話だ。彼は子どもの頃、北朝鮮北西部・平安北道定州(チョンジュ)に住んでおり、終戦時に満州から南下してきた日本人引き揚げ者の群れを定州駅で見た。食糧配給の際、薄汚れたボロをまとった彼らは、整然と列を作って静かに順番を待っていた。これを見て、とても驚いたというのだ。

食うや食わずの避難中でも先を争う者がいない。中には静かに本を読みながら食糧の配給を待っている日本人もいた。「いかに窮しても、いかにボロをまとっていても日本人はすごい」。今でも変わらない、彼の日本人観だ。東日本大震災の際にも、避難者の整然とした行動が世界的に称賛を浴びたが、こうした日本人の気概は、敗戦時の苦難の引き揚げ史にもあったということだ。

── 一方で、1895年に起きた「閔妃(ミンビ)暗殺」事件について、日本にとって「痛恨の歴史」としています。

日韓近現代史の中には、日本人として総括ができず、避けてしまっている苦い歴史がある。閔妃暗殺事件はその代表例だ。駐韓公使の三浦梧楼をトップに軍人や民間人も加わって王宮を襲撃した。事件後、帰国させられた彼らは、裁判で無罪となってしまった。

そのわずか4年前、訪日中のロシアのニコライ皇太子(後のニコライ2世)を警察官・津田三蔵が襲った「大津事件」での対応と正反対だ。ロシアからの圧力と報復を恐れた日本政府は皇太子にケガをさせた津田を死刑とするよう司法に圧力をかけた。ところが、裁判所は現行法では適用されないとして無期懲役とした。後に司法の独立を守ったと評価された判決だ。なぜこれと同じことが、閔妃暗殺ではできなかったのか。

あの無罪放免は、日本がその後の大陸進出の過程で「現地の独走」を許して国の方向性を誤った、その始まりだったと思う。

朝鮮半島は「引き込まれやすく、深入りしがちな相手」

──35年間の韓国滞在経験を踏まえたうえで、「朝鮮半島に深入りするな」と書いています。

隣国への足跡 ソウル在住35年 日本人記者が追った日韓歴史事件簿(KADOKAWA/328ページ)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします

最近、日本にとって朝鮮半島は「引き込まれやすく、深入りしがちな相手」ではないかと思い至った。古代史の白村江の戦いや中世の豊臣秀吉の侵略もそうだが、彼の地との関係は日本が深入りした歴史であり、同時に引き込まれた歴史ではないかと思う。

ちょうど今、北朝鮮によるミサイル発射と6回目の核実験で、日本は朝鮮半島情勢に巻き込まれている。日本は北朝鮮と戦争する気はないし、あちらに押しかける気もないのに、結果としてあたふたさせられている。

一方で、深入りは日清戦争(1894年)から日韓併合(1910年)が最たるものだ。結果的に植民地にしてしまい、一度関係を持つと日本人の心性をくすぐる、他国にはない魅力を感じてしまうのではないか。だが、その魅力は同時に危うさでもある。痛恨の歴史をつくってしまう伏線になってしまうのではないか。

1977~1981年に韓国大使を務めた須之部量三・元外務事務次官から「この地に足は2本とも入れず、1本は外に出しておけ」と言われたことがある。2本とも入れておくと、いざというときに抜けなくなるからだという理由だった。

地理的・文化的に、また地政学的にも日本は朝鮮半島と向き合わざるをえない。だが、これまでの歴史を振り返って言えるのは、海峡を渡って北に向かうときは慎重にかつ十分に用心しろ──。足が抜けないほど深入りしてはいけない、ということだ。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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