インドで1億5千万人を導く日本人僧侶の人生 色情因縁「私には黒い血が流れている」

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龍樹菩薩のお告げを聞き、ナグプール近郊で佐々井さんが発見した仏教遺跡。広大な広さで週末には訪れる人も多い(撮影:白石あづさ)

「だから、夢ではないと言っただろう。ナグプールから約40キロ離れたマンセルという地区に龍樹連峰と呼ばれる山々があることがわかり、その土地の一部を買い許可を取って10年かけて発掘した。そしたら首のない仏像や寺、そして鉄塔らしき遺跡も発見したんだ。しかし、まだ塔の内側は発掘できていない。黄金の像がでるか、経典がでるかまだわからん。発掘許可を得ようと、日本からも偉い考古学者さんらが来てくれて、一緒に政府の考古学調査研究所に交渉したんだが、上位カーストのバラモンのやつらがね、仏教の遺跡であると証明されたくないわけだ。

私の死んだ後になるかもしれないが、いつか掘れる日が来るだろう」

小さな坊主、荒波を越えて

苦しみが続くとわかっても、民衆のため生きることを選んだ。若い時、3度の自殺未遂をした“死にたがり”の佐々井を“生きたがり”に変えたのは、インドの貧しいお母さんたちだ。

「日本と違い、インドでは僧侶の命は民衆が握っている。このお坊さんはいい人だから、食事を与えよう、お布施を出そうと考える。自分の子どもにすらろくなものを与えられないというのに、一文なしでやって来たこの汚い坊主に、お母さんたちが自分のご飯を差し出して半世紀も私を生かしてくれたんだ」

冒頭の大改宗式で語った「小さな坊主」とは、謙遜ではなく本心からなのだろう。インド仏教の頂点に立った今でも、10畳程度の小さな自室にはボロボロのイスや扉の取れかかった冷蔵庫が置かれ、年代もののクーラーはひどい音を立てる。本や資料が山積みで、相談に来る人が2人も入ればいっぱいだ。

「後継者はおらん。男一代で終わり。私はこれからも小さな坊主としてインドに同化し生きていく。真理に向かい、ただひとり、ボロボロになっても杖をついて歩き倒れてもまた立ち上がる。いつかインドの大地に野垂れ死ぬまでな」

佐々井は、そうつぶやくと大好きな日本の歌、坂本九さんの『上を向いて歩こう』を口ずさみ始めた。どんな荒波にも負けず、大衆を正しく導く強い人である。しかし、本当は涙をこらえながら必死で自分を奮い立たせ生きてきたのだろう。

「小さなお坊さん」が自分の生涯をかけ、粉骨砕身して切り開いた一本の道は、多くの人の未来を照らしている。

(取材・文/白石あづさ)

白石あづさ(しらいしあづさ)
日本大学芸術学部卒業後、地域誌の記者に。3年間、約100か国の世界一周を経てフリーに。グルメや旅雑誌などへの執筆のほか、週刊誌で旅や人物のグラビア写真を発表。著書に『世界のへんな肉』(新潮社)、『世界のへんなおじさん』(小学館)がある。
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