「はらぺこあおむし」で子供は宇宙万物を学ぶ

絵本だが、大人が読んでもやっぱり名作だ!

葉っぱは、人間にとっては野菜。たいていの子どもは野菜が嫌いです。だけど、野菜も食べないといけないというのがなんとなく伝わります。まったく押しつけがましくないのに、教育的配慮が行き届いているのです。そしてあおむしは、腹ぺこではなくなって丸々と太ります。そこからさなぎになってじっと丸まっているだけ。これはきっと蝶々になるのだなと、なんとなく予想する子もいるはずです。そしてページをめくったら、あおむしはきれいな蝶々になりました。

動物はメタモルフォーゼ(変態)があるということ。これについてもエリック・カールは、

「あおむしが蝶や蛾に変身していくのは、私が考えついたことではなく、自然の摂理にすぎません。また、あおむしが蝶や蛾に変身するのには、時間がかかります。それにならって、私は時間の枠を、この場合は1週間の日々としてもうけました」
(『エリック=カール来日記念講義録絵本づくりのひみつ』偕成社)

 

と語っています。成長していくあおむしをこのような形でていねいに描いているのは、子どもに、チャールズ・ダーウィンの進化論の初歩を教えているような気がするのです。

ダーウィンの進化論とは、世の中のものは全部変わっていきますよ、それは想像もできない変わり方をするものですよ、というもの。つまり、何が起こるかわからないというのが世の中の真実で、だから人間ができること、生物ができることは、目の前で起きたことに対応するだけだと言っています。運と適応が、ダーウィンの進化論の本質です。『はらぺこあおむし』を読んで育った子どもは、世の中は変わっていくのだということを自然と学ぶでしょう。

ページ数にしてたった25ページの絵本の中で、こんなにもたくさんのことを教えられるようになっているのは、とてもよく考えて作ってある証拠です。

子どもが自分のペースで世界を理解できる

絵本は、何回も繰り返し読むものです。数のことや曜日のこと、食べもののことを最初からすべて理解できるわけではなくても、おもしろくて読み進んでいるうちに、たくさんのことが覚えられます。これだけ少ないページ数の中に森羅万象が詰まっていて、子どもが自分のペースで世界を理解していくことができるという点で、まさに傑作といえるでしょう。

ただし、彼の絵本は製作にすごくコストがかかります。『はらぺこあおむし』では、これまで説明したようにページに穴があいていたり、大きさが違っていたりと、かなり大胆なつくりになっています。

そのためアメリカでは出版を決断する出版社が見つかりませんでした。そこで編集者のアン・ベネデュースが日本に持ち込み、偕成社の当時の社長・今村廣さんに見せたところ、すぐに気に入って印刷製本に協力。世に出ることとなりました。アメリカで発売された初版には「printed in Japan」と記されています。結果的には、『はらぺこあおむし』は世界で大ヒットしました。

最後に、絵本全般についても少し書いておきます。これまでもずっといろんなところで話したり、書いたりしてきたことですが、僕は、本の世界にはいい本と悪い本があるだけだと思っています。純文学と大衆文学とどちらが上かという論争が昔はよく行われていましたが、どの本もすべて同じ土俵の上に立っているのです。だから漫画が劣るとは思いませんし、絵本がつまらないということもないでしょう。大人向けの本が立派で、児童書のレベルが低いということでもありません。

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たとえば、ヤマザキマリさんの『テルマエ・ロマエ』(エンターブレイン)や『プリニウス』(とり・みきとの共著、新潮社)と塩野七生さんの『ローマ人の物語』(新潮文庫)のどちらを読んだほうがローマのことがよくわかるのか。人によって意見は分かれると思いますが、漫画だからダメということではないのです。

これは子ども向けだから、これは漫画だから、と最初から一段低いところに置いてしまうのは、非常に大きな損失です。

そういう意味でも『はらぺこあおむし』は、すばらしい本だと思います。子どもに向けた全宇宙が本のなかにあるのです。それを1冊に凝縮して伝えています。だから大人も真剣に読んでみてください。そうしたら、この本のすごさがよくわかると思います。

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1976年に創業し、90年代の渋カジブームを牽引したビームスが今も元気だ。創業以来赤字知らず。40年、最先端を走り続けられる秘密は何か。設楽洋社長への独占インタビューを掲載。