沖縄と核、アメリカ統治下の知られざる真実

那覇近郊で核ミサイルが誤発射されていた

地上150メートルという低空で戦闘機が侵入。そして、標的の直前で急上昇し、核爆弾をリリース。核爆弾が放物線を描くようにゆっくりと落下する間に、パイロットは、猛スピードでその場を離脱する。高性能化しつつあった敵のレーダーをかいくぐりつつ、パイロットが核爆発に巻き込まれないよう時間を稼ぐことを目的にした方法である。

住民の命を奪う悲劇

そして、伊江島の人々の土地を奪って行われていたこのラブスの訓練が、住民の命を奪う悲劇を引き起こしていたことも今回の取材で明らかになった。

石川清鑑さん(当時28歳)

1959年9月、落下してきた模擬核爆弾が爆発し、農家の石川清鑑さん(当時28歳)が死亡。米軍の内部文書には、パイロットに爆弾の投下地点を知らせる発煙筒の誤作動が原因だったと記されている。

石川清鑑さんの1人娘、與儀京子(よぎ・きょうこ)さん(58)は、事故が起きた当時、生後9カ月だった。今回初めて、父の死の背景を知ったと言う。こみ上げる思いを、涙をこらえながら語ってくれた。

「なんでこんなことで父は死ななければならなかったのか。軍に土地を取られていなければ、こんなことにはならなかったはず。(父に)いてほしかった……」

一方、事故が起きた当時、伊江島で核爆弾の投下訓練を繰り返していたという元戦闘機パイロットは、私たちにこう語った。

「住民が犠牲になったのは気の毒に思う。しかし、当時私たちは、自由主義世界を守るという重要な使命を与えられていたのだ」

極東の安全を守るという大義の下に沖縄に配備された核兵器。しかし、いつしかその運用をめぐっては、国家や軍の論理が最優先され、住民の命は軽視されていった。

核が沖縄にもたらしたものは、事故や住民の被害にとどまらない。取材からは、米軍や米軍基地が、核兵器の配備とともに沖縄中に拡大していった過程が浮かび上がってきた。沖縄は、核の拠点として重視され、基地が強化、拡張されてきたのだ。基地集中の知られざる源流の一つがそこにあった。

現在も、抑止力の名の下に、日本におけるアメリカ軍専用施設の7割が置かれている沖縄。今回の取材で明らかになった「沖縄と核」の知られざる歴史は、沖縄が今も背負い続ける「負担の構造」を浮き彫りにしているのである。

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