深刻な「健康格差」をなくすことはできるのか 社会の不公平が健康の不公平をもたらす

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そしてもうひとつは、それぞれの国のなかで、乳児死亡率が母親の教育水準にしたがって顕著に異なるということである。たとえばモザンビークでは、母親が学校教育を受けていない場合、その乳児の死亡率は1000人あたり140人に達する。他方、母親が中等教育ないし高等教育を受けている場合、その数字は60人程度に抑えられている。

そうした傾向はじつは富裕国においても認められるし(比率でいえば7.5人対2.5人)、さらには、「(教育を受けていない母親の赤ん坊の生存率)<(初等教育を受けた母親の赤ん坊の生存率)<(中等教育を受けた母親の赤ん坊の生存率)」という勾配が一般に認められるという。「教育と健康の明らかな関連」を著者が見出すのは、まさにこれらの事実にもとづいてのことである。

健康格差を低減するための諸方策

そのようにしてマーモットは、先の社会的決定要因が健康と結びついていることを順々に明らかにしていく。そしてそのうえで、健康格差を低減するための諸方策を打ち出していくのだ。

というのが、本書のごく大まかなアウトラインである。ところで、本書を読んでいて何より驚かされるのは、その議論の幅広さだ。トピックは格差の実在性からアマルティア・センの「ケイパビリティ」にまで及び、ロンドンにおける「健康の社会的勾配」を論じていたかと思えば、「人間くみ取り機」として素手で排泄物を回収していたインドの少女に言及し、さらには、貧しいながらも高い健康水準を達成しているキューバの秘訣に迫っていく。

『健康格差 不平等な世界への挑戦』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

そのように圧倒的なまでのトピック、データ、事例を示すことができるのは、長らく第一人者としてこの問題に取り組み、しかるべきポジションを歴任してきたこの人ならでは、というところだろうか。いずれにしても、このテーマに関してこれだけ包括的な議論を展開している本書は、後に続く議論がまず参照すべき貴重な土台を提供しているといえるだろう。

最後に、印象的な標語をひとつ紹介しておきたい。それは、「マーモット・レビュー」というレポートのタイトルとなっている言葉で、マーモットが言わんとしていることを端的に表すものである。"Fair society, healthy lives." まさに人々の健康な生活は公平な社会にあり、というわけだ。この言葉を胸に留めながら、じっくり本書と格闘していただけたらと思う。

澤畑 塁 HONZ

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1978年生まれ。専門書出版社に勤務。営業職。大学では哲学を専攻していたものの、最近の読書はもっぱらサイエンス系。ふたりの子どもと遊ぶ時間のため読書時間は半減しているが、それはそれでわるくないと感じている昨今。

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