凱旋門賞制覇へ!理と情熱のホースマン 新世代リーダー 池江 泰寿 JRA調教師

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泰寿のリーダー論は、現代風かもしれない。「『俺がリーダーだ』と主張するのではなく、自然とみんなに慕われて気づいたらリーダーだったという人がいいのでは。上からひっぱるだけでは、組織はうまくいかない。方向性は示しておき、あとは現場に考えてもらう。彼らをいかにサポートできるか。人に動いてもらおうと思えば、下から支えることが重要。イメージするリーダー像はそんな感じかな」。

英米修業時代に体験した、強烈な馬事文化の差

泰寿を語るうえで、欠かせないことがある。調教師になる前の助手時代に、貴重な留学経験を積んでいることだ。

「自分のスタイルを持つことは大事。だが結果を見て、変えるべきところは変えないと」。柔軟な思考が、明日の勝利をたぐり寄せる

助手時代、将来調教師になることを見越して、1995年から約2年ほど英国のマイケル・スタウト調教師、さらには米国のニール・ドライスデール調教師と、海外のトップ調教師の下で武者修行をした。

大学を卒業してからすぐ海外に行くことも考えたが、まずは国内で調教助手になる道を選んだ。「実のある研修をするなら、調教助手としての訓練を日本で積んでから行った方がいい。経験のないやつは、馬にろくに触れさせてもくれないぞ」という父の貴重なアドバイスを受けてのものだ。

いわば、「戦略的留学」だったが、まず英国に渡った泰寿は、競馬発祥の地で、彼我の「馬事文化の違い」に衝撃を受けた。「まず驚いたのは、必ず全員が馬と挨拶をかわしていたこと。厩務員が『今朝は俺は眠いけど、お前は昨日よく眠れたか?』という感じで、全員が自然に馬に話しかけている。人と馬との距離がとにかく近い」。日本とは違う「人と馬との信頼感」が、こうして醸成されていくのを肌で感じた。

人と人の信頼関係はもちろんだが、人と馬こそ、信頼感が大切だということに気付かされた瞬間だった。それからは、泰寿は人も馬も同様に信頼関係を築くよう、心掛けている。

とはいえ、泰寿はすべてをうのみにはしなかった。新たな「挑戦」をする際には、仮説を立てて検証をしながら、「改善」「微調整」を繰りかえすことが重要だということを、修業を通して身に着けた。

「自分のスタイルを持つことは大事。だが、結果を見て、変えないといけない」。本場の欧米の手法を尊重しつつ、自分が置かれた現状に合わせて、変えていくのだ。代表的な例は、馬の調教(トレーニング方法)だ。海外での経験をいかし、独自の手法を編み出したのだ。「追い切り」と呼ばれる、馬に課すハードなトレーニングは、海外では週2本行うことが多いのに対し、日本では週に1本が一般的だ。

泰寿は、調教の施設からして違う海外のやり方を、そのまま輸入してもうまくいかないと考えた。日本の環境に合わせて、1本は通常通り行うが、もう1本はやや緩めの追い切りにする「2本追い」(「1.5本追い」のようなイメージ)を、日本で初めて取り入れた。業界の風習として、新しいスタイルはまだ敬遠される傾向があり、このトレーニング方法を始めた当初は、まわりから否定的に見られたという。だが、徐々に所属厩舎の馬が実際のレースで好成績を収め、結果を出したことで、認められていった。

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